XXXX 君に、君だけに。溺れて零れて焦がれて終には ※ギャグです。ヴェルナー中尉が変態という名の紳士となっております。 「何だ?これは」 艦長室に戻り、少しの間仮眠を摂ろうとしたシュルツは、机の引き出しから白い物がはみ出ている事に気が付いた。 取り出して見ると何の変哲もない、表も裏も真っ白な封筒だった。 封印はされておらず、厚みはそれ程ない。振ってみても不審な音はしなかった。 光に透かして見ると、四角い物が入っていた。 「気味が悪いな……」 捨ててしまおうとも思ったが、それでスッキリする事でもない。 仕方なく、シュルツは中身を取り出した。 「……」 それを見た瞬間、頭の中は真っ白になり、目の前は真っ暗になった。 同封されていたのは二枚の写真。 被写体は、誰あろうシュルツ本人であった。 異常なのは、それが彼自身撮られた覚えのないものであった事だ。 一つは仮眠中と思われる寝顔。 一つは、着替え中の写真である。 どう考えてもそれは、所謂“盗撮”写真だった。 この艦には、女性クルーも何割か乗船している。 だというのに、この封筒の送り主はわざわざ自分を被写体に選び、尚且つその写真を本人に送り付けてくるという行為に出た。 「あいつしか考えられん……!」 容疑者、いや、もはや犯人は確定していた。 ちょっと危ない後輩、クラウス・ヴェルナーだ。 「ヴェルナーめ……気持ち悪い通り越して怖いぞ!」 前々から、行き過ぎた好意を受けているような気はしていた。 古今東西の怪しげな占いの類に凝っている事も知っていた。 しかし、まさか盗撮趣味があるとまでは知らなかった。 「いっぺん締め上げてやるか……仮眠まで妨げやがって」 写真を封筒に戻し、ぐしゃぐしゃに、これでもかという位ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨て、シュルツは艦長室から鼻息荒く出て行った。 「あ、艦長。どうしたんでううぉごお!?」 自分と交代したヴェルナーは、呑気に司令室でクルー達と談話していた。 シュルツは真っ直ぐにヴェルナーへと歩み寄り、その襟首を引っつかんで捕獲に成功した。 「何が目的だ変態め。洗いざらい白状しろ」 「あがががっ」 「か、艦長!ロープロープ!中尉死んじゃいますよ」 襟首を締め上げたせいでヴェルナーの顔が一気に赤くなり、慌てたナギが止めに入る。 「中尉が何をしたか知りませんけど、話せば分かります!人間だもの!」 「変態は人間の数に数えない事にした。今決めた」 「変態にも五分の魂ですよ、艦長っ!」 「ナギ少尉の言う通りです。変態だって生きているのですから、まず話し合うべきかと」 ナギの説得にブラウンも加わり、ヴェルナーはようやく解放された。 「っお、一昨年亡くなったお向かいの家の爺さんが川の向こうに……」 「赤の他人だ、気にするな変態」 「ちょ……な、何なんですか艦長。来るなり人を変態変態って」 「身に覚えがないとは言わさん」 「……え。あ、もしかしてアレの事ですか?ええ〜、今頃気付いたんですか!?」 「は?今頃?」 二人の対話が始まり、ナギとブラウンは興味深げにそのやり取りを見守っていたが、話が見えて来ないのでついにブラウンが割って入った。 「艦長、何があったのですか。私達にも分かるように経緯を説明して頂けないでしょうか?」 「博士……えっと、それは……それは……っ」 クッと呻いたシュルツが、俯いてそれっきり沈黙してしまった。 よく見ると小刻みに肩が震えている。 「艦長?」 「ヴェルナーに汚されたあ〜」 「……はい??」 室内の空気が凍りついた。 そして、ナギが冷たく言い放つ。 「遂にやらかしたか……オカルトガチホモ」 「見下げ果てたクズね。ヘタレの皮を被ったド外道」 「え……な、何言ってるんですか艦長。や、やだなぁ二人共、それは言葉のアヤってヤツでしょ。そうですよね艦長……ってマジ泣きィ!?」 「はーい、艦長にはお手を触れないで下さ〜い」 ブラウンが素早くシュルツを庇うようにヴェルナーから遠ざけた。 「ご覧なさいな、艦長が泣くなんてよっぽどの事でしょうに」 「艦長、泣いてるだけじゃナギお姉さん分からないでちゅよー。いいコいいコでちゅからねー」 慰めているつもりなのだろうか、ナギは赤ちゃん言葉でシュルツの頭を撫で回している。 おそらく、この事態に便乗して艦長弄りも楽しんでいるのだろう。 「いやいや、泣いたらええがな。泣くだけ泣いて、後は野良犬に噛まれたおもうてキレイさっぱり忘れるんやでぇ」 対抗意識に火が点いたブラウンも、負けじと怪しげな関西弁を駆使してシュルツを慰める。 「うわあああ二人して僕の艦長に触るな撫でるなああ羨ましいいぃっ!!」 「じゃっかぁしい!変態の分際でいっちょ前の口聞くな!」 「艦長は皆の艦長ですよーだ。身の程を知れ変態」 「へ、変態変態って、そんな何度も言わなくたって。卑怯ですよ艦長!汚されたとか、いくらなんでも言い過ぎです!!」 「でも艦長が泣き出すなんて、やっぱりただ事じゃないですよ?てゆーか初めて見ました。写真撮っとくんだったあ〜」 「ナギ少尉、それだ」 「へ?」 「……写真」 「写真?写真がどうかしたのですか?」 ナギとブラウンが不思議そうに目を合わせる。 何も言いたくないのか、シュルツはただヴェルナーを指差した。 「中尉と、写真……?」 「あ、私分かっちゃいましたぁ艦長!博士、変態と写真、と言ったら!」 「あ、それってまさか」 「「盗撮!!」」 元に戻りつつあった周囲の空気が再び凍りついた。「うへぇ……マジで?」 「信じられない……末期もいい所だわ」 「別にお二方には関係ないでしょう?僕が興味あるのは先輩だけなんですから」 「うっわ、居直ったよ。艦長、こいつ最悪です」 「これはまさにストーカーの言動パターンですね」 あまりに変態呼ばわりされたので、ヴェルナーはすっかり免疫が出来てしまったようである。 もはやストーカーと呼ばれようとも動じる気配はなかった。 「はいはい、そろそろ外野は黙って下さい。先輩、泣いてないで私の言い分も聞いて下さい」 「ううっ……嫌だ。問答無用で鮫の餌にするぅ〜」 「泣きながらもエグい事を……そもそも、先輩が無用心過ぎるのがいけないんですよ?」 優しく言い含めながら、ヴェルナーはさりげなくシュルツの肩を抱く。 やたらと自然な動作であった為か、シュルツも拒絶しない。 「仮眠の時も部屋に鍵掛けないし、着替えの時も全然無頓着だし」 「普通は用があったらノックするだろうが……第一、艦長室なのにいちいち施錠出来る訳ないじゃないか」 「僕は艦長が心配なんですよ、だから『あんな写真が余裕で撮れちゃうくらい貴方無防備ですよー?気をつけてね!』というメッセージを込めて、あの封筒を机に忍ばせたって訳です」 そこまで聞いて、外野扱いされた二人が再び口を挟んだ。 「何その言い訳。満員電車の痴漢じゃあるまいし」 「短いスカート履いてる方が悪いんだーってヤツね」 「痴漢と一緒にするな。僕は触ってないぞ」 「覗きや盗撮も立派な犯罪ですよ、中尉」 「触ってないって言うのも信用出来ないですよねー。もしかしたら艦長、寝てる間に大事なものを失ってるかも!きゃっ破廉恥ぃ〜」 ナギの心ない憶測に、シュルツの目にまた新たな涙が滲んだ。 「あ、泣〜かせた。中尉いけないんだーぁ」 「お前だろうが!このドS女め!僕はしてない!!断じてしてませんよ艦長!」 ヴェルナーに怒鳴られても平気でケタケタ笑うナギの姿は、まさに邪悪の化身に見えた。 居合わせたモブ(ブリーフィング画面右奥の男性クルー)は後にそう語っている。 「もーう変態でもオカルトでも何とでも思ってくれていいですよ、しかし!先輩の身体に手を出すような真似はこのクラウス・ヴェルナー、神に誓ってしてませんっ!!」 「なるほど……盗撮はしても直接的に手出しする勇気はない、と。流石はヘタレの皮を被った外道ね」 「お願いだからホンット黙ってて下さい博士。つーかナギ少尉連れてあっち行ってて下さい。あんたら居るから話がこじれるんですよ!いや、やっぱいい。私達が場所変えましょう先輩」 ヴェルナーが移動を促そうと伸ばした手を、バレーのエースアタッカーも真っ青な勢いでシュルツは叩き落とした。 「いだあああ!!」 「嫌だ!絶対に嫌だ!今お前なんかと二人きりなったら間違いなく犯されるぅう!」 「だからそんな事しませんってば!」 「どこに保証があるんだ」 「私の夢(と書いて野望と読む)は、貴方との愛あるベッドインだからです!!」 「一生叶わねーよ。もうやだ実家に帰りたい」 「そんなぁ〜!嘘でも少しくらい望み持たせてくれたって……いけずぅ」 「その“いけず”っての止めろよ。なんかイラッとするし気持ち悪い」 口を挟むのを止めていたブラウンが、ナギに耳打ちした。 「艦長、ちょっと持ち直して来たわね」 「んーそうですねぇ。どうやら巻き返しそうですねぇー。んーどうでしょー」 「……貴方、それ誰の物真似のつもり……?」 「んんー、どーでしょー」 「……」 いつものツッコミの冴えを取り戻しつつあるシュルツが、優位に立とうとしていた。 外野の二人は、スポーツ競技の解説者気分で実況する事に新たな楽しみを見出だした模様だ。 「前置きがむやみに長くなってしまったが、とりあえずネガを出せ」 「長くなったのは先輩がいきなり泣き出したりするからでしょう!そしてネガは渡せませんっ!」 「お前に断る権利などあると思ったか。寄越せ」 「どうしてですか!別にバラ撒いたりするつもりなんて無いですよ?」 「お前の手元に、俺が写ってるネガがあると思うだけで悪寒が止まらんのだ。あ、当然カメラも没収だかんな。それと、今までに現像済みの写真も」 「えええ!じゃあネガとカメラ渡しますから、写真は勘弁して下さい!」 「ならん」 「嫌ですぅ〜!墓場まで持って行くって決めたんですから」 「……そうか。それならば致し方ない」 「分かってくれたんですねっ、クラウス嬉しいっ」 「今すぐ墓場行き希望という事で良いんだな」 ブラウンが瞑目し、腕を組む。 「勝負あったわね……」 「え、勝負だったんですかこれ」 ヴェルナーは遂に観念し、カメラ及びネガ、現像済み写真の全てをシュルツに差し出した。 だが、それだけでシュルツの腹立ちが治まる筈がない。 ヴェルナーの部屋を強制捜査する事で溜飲を下げようとした。「なんだコレ。『悪魔召喚術』『君にも出来る!黒魔術入門』『復讐するは我にあり。呪い大全』……?」 私物として持ち込まれた本のタイトルは何れも怪しいものばかりだ。 「私のコレクションの一部ですが」 「……じゃ、これも没収」 「ええええっ」 「人の趣味をとやかく言うつもりはないが、お前は適用外だ」 「どれもまだ実践してないですよ!読んでるだけなのにあんまりですっ」 「まだ……?」 「あ。いえ……ほら、いざと言う時は、って意味ですよ〜」 「いざとなっても悪魔とか黒魔術とか呪いが必要になる事はない。よって没収」 ヴェルナーの懇願に聞く耳持たず、シュルツは怪しい本を容赦なくゴミ袋に突っ込んでいく。 「うぅ……あんたは鬼や」 「やかましい。犯罪者のくせに」 「人を愛する事が罪だと言うんですか?それなら世界中犯罪者だらけだ!」 「ああそう。大変だねー」 「ちょっ、ツッコミまで面倒がらないで下さい!」 「だって本当に面倒臭いんだもん」 「だってって言わない!だもんとかも駄目っ!いや……ちょっとだけアリかな。も、萌え?これってギャップ萌え?」 怪しい本を詰めたゴミ袋の口を縛り、シュルツは溜息を吐き出した。 ヴェルナーはまだ懲りていないようだ。 いや、懲りるという事を知らないのかもしれない。 このヴェルナーコレクションが入ったゴミ袋でヴェルナーの頭を殴打したら、どれだけスッキリするだろうなどと考える。 シュルツが物騒な思考を巡らせているその一方で、またヴェルナーも危険な事を考え始めていた。 先程あれだけ嫌がっていたというのに、今シュルツはヴェルナーと二人きりでいるのだ。 お世辞にも広いと言えない船室の中だ、距離は近い。 「だぁからぁ!無防備だし無用心だって言うんですよ貴方は!」 「な、なんだよいきなり。ビックリするだろうが」 「私がちょっと悪い気おこしたらどうするんです」 「は?だってお前の夢は同意の上での事だろ」 「そうですけど、僕にとってはかなりオイシイ状況なので。丸腰の獲物が自らテリトリーに入って来てくれた訳ですからね」 にたぁっと笑い、ヴェルナーはドアの前に立ち塞がった。 「しまった……罠か!」 「いや、罠も何も。貴方が勝手に踏み込んで来たんでしょうが」 「ヴェルナー君ごめん。この本返すから部屋から出して下さい」 「返して下さらなくて結構ですよ。必要な箇所はすっかり暗記してますから」 「ま、待て!待て待て待て待て!ジワジワ近付いて来るんじゃない!!」 「うふふふふふふふ……この据え膳を逃すくらいなら見ているだけの純愛なんてマリアナ海溝に沈めてやりますよ」 後退るシュルツだったが、あっという間に逃げ場はなくなる。 この海域の近くにマリアナ海溝はない筈だが、すでにヴェルナーの純愛精神は海原に放棄されてしまったらしい。 「うっふふふー先輩つかまーえたぁー」 「ぎゃああああ!!いやあああお母さああぁん!!」 追い詰めたシュルツに、ヴェルナーは抱き着く、というよりは飛び掛かった。 「ひいいいっ!お、お前っ……息が荒いっ!気持ち悪いいぃ〜!!」 「愛ですよ愛!そりゃあこれだけ密着すれば脈拍も心拍数も血圧も上がっちゃいますよおお〜」 「うわああ駄目だマジで無理!本当に無理ですー!!」 「ふひひひ……いいですねその反応。食べちゃいたいくらい可愛いですよ先輩」 がっちり着込んだシュルツの軍服の下は、びっしりと鳥肌が立っていた。 超兵器を相手にしている時より遥かに身の危険を感じた。 身の危険と、貞操の危機を感じた。 なんとも不甲斐ない事に、身体は竦んで動かない。 ヴェルナーをこんなに怖いと感じる日が来るとは思わなかった。 つい無意識に目を閉じてしまう。 「……先輩?」 「……っ」 突然の暴挙に出たのだ。多少の抵抗もあるだろうとヴェルナーは考えていた。 だが、腕の中のシュルツはぴくりとも動かない。 動かないどころか、震えさえも伝わってくるではないか。 「えっ、えええ?な、何でそんな小動物みたいに……怖い?僕怖いですか!?すっごいショックなんですけど……むしろ殴るとか蹴るとかしてくれた方が救われるんですけど」 「……」 「はぁ……そこまで嫌なんですね」 がっくりと肩を落とし、ヴェルナーは腕の力を抜いた。 「もう何もしませんよ、艦長。そんなに怖がられたら流石に手を出せないじゃないですか」 「……ほ、本当か?」 「はい。かなりショックで泣きたい気分ですけど」 「あー……なんか済まん」 「謝らないで下さい。まあ、これがギャグじゃなかったらイケた筈なんですけどねぇ……」 「は?」 「ああ、何でもないです」 解放され震えの納まったシュルツが軽く息を整えて、放置されていたゴミ袋を手にした。 「あ……やっぱり処分するんですね」 「当たり前だ。ああ、それともう一つな」 「へ?」 「没収だけで済むと思ったのか?向こう一週間、甲板掃除の罰だ。懲罰房行きにならなかっただけ有り難いと思えよ」 さっきまで怯えて硬直していた人物とは思えない冷静な口振りである。 言い終えた時には、すっかり艦長の顔に戻っていた。 「うう……了解です。立ち直り早いなぁ」 「それは誉め言葉だな。お前は早く持ち場に戻れよ」 「はぁーい」 ゴミ袋を引きずりながら部屋を出て行くシュルツの背中を、ヴェルナーは見送った。 足音が遠ざかると、その唇が不敵に歪んだ。 「甘いですね先輩……僕が素直に写真の全てを提出する筈ないじゃないですか」 軍服の上着のホックを外し、内ポケットから一枚の薄い封筒を取り出す。 「大事なものは、こういう所に入れとくもんです」 クスクスと笑い、封筒に軽く口付けた。 「あれは就艦してからの物ですからねえ……ふふ」 封筒の中身は、推して知るべしである。 過去に盗み撮りした中でもとっておきの一枚だった。 変態と蔑まれようとストーカーのレッテルを貼られようと、ヴェルナーの心が折れる事はない。 女性陣から冷たい視線を浴びようが、痛くも痒くもない。 彼にとって、それらは恋の病から併発する一症状でしかないのだから。 END |