02-06
「―――…それですね。あの頃の時代はまだまだ桜並木もありまして、女子大生だった私はその並木道に大層感銘を受けたのですよ。今もあるのでしょうか。あの桜並木は」
「あの、ムッちゃん…」
「桜並木といえば、あそこの近くにはですね。昔、大きなお池があったのですよ。今でこそ埋め立てられてしまいましたが、あそこのお池には野鳥が沢山集っていたものです。何故、埋め立てられてしまったのか、今でも疑問に思います。都市建設というのも考え物ですよね」
「……、向井先生」
「あ、それで。お二人は何をしに此方に来たんでしたっけ?」
えええっ、そっから説明しないといけないのかよ!
十分以上も長々と世間話(てか、私的話)をしておいて、しかもどーでも良い話をしておいて、極め付けに何をしに来たんでしたっけ? って……、うをおい、ムッちゃん。それはあんまりだって。
唖然の呆然となるぼくの隣で、「こうなると思った」がっくしと仲井が肩を落とした。
曰く、和室の鍵交渉に赴いた時も似たような経験をしたそうな(その時の話は何故、教師になったかの話を延々されて昼休みの大半を潰されたとかなかったとか)。
マイペース人間だとは知っていたけれど、まさかここまでだとは。恐るべし、ムッちゃん。
へらっと笑っているムッちゃんのご愛嬌ある笑顔に揃って溜息をつき、「だーかーら」ぼくはスツールから腰を浮かして身を乗り出す。
「“総合茶部”の基本活動方針が決まらないんだってば! 理念っつーの? これが決まらないと書類を受理してもらえないし……、何か良い案はない?」
「あーっ」手を叩いたムッちゃんは声を上げた。
次いで、顧問はしますよ、と見当違いな返答をしてくる。
ここまでくると単なるボケボケちゃんだ。天然ボケよりもタチが悪い。
まさか性格を作っているわけじゃ…、いやムッちゃんの場合、そんな腹黒さは持ち合わせちゃないと思うんだけど。
煮え切らない気持ちを抱えながら相手を見据えていると、「ご相談の件なのですが」やーっとムッちゃんが本腰を入れて話を聞いてくれた。
どんなアドバイスをくれるのか期待を寄せる。
「そこはお二人でお決めにならないと」
うんうん、お二人でお決めに……、はい?
頓狂な声を上げてしまうぼくに、「だってお二人で作りたいのでしょう?」ならお二人で一生懸命考えて出すべきです、無邪気にムッちゃんは微笑んだ。
そりゃないぜムッちゃん。
十分も身の上話を聞かせた挙句、自分達で考えろとか。
なら最初からその返事が欲しかったんだけど。
無駄な十分を過ごしたじゃないか! 語り部は楽しかっただろうけどさ。
「ムッちゃんに見捨てられた」
嘆いて足を組むぼくの隣で、「思いつかないのですよ」ヒントとなる助言はありませんか? 仲井が納豆のように強く粘った。
目尻の皺を増やして頬を崩すムッちゃんは軽く首を振って自分達で考えろポーズを取ってくる。
そうは言っても思い浮かばないから、こうして相談しているんじゃんか。
普通さ、ぴっかぴかの新入部生に基本活動方針なんてもの聞かないし、考えろとか言わないだろ? 先輩達が守ってきた伝統ってものを守ろう。受け継ごうって頑張るわけじゃん?
つまり何が言いたいかっていると、それだけ部の理念を考えるのは難しいって言いたいわけ。
「当たり前ですよ、英輔くん」
ムッちゃんはぼくと仲井の区別をするために、三人でいる時は極力下の名前で呼ぶようになった。
ごっちゃにならないための防止策だろう。
何が当たり前なのかと聞き返して頭の後ろで腕を組むぼくに、「貴方達のしようとしていることは難しいのですよ」ムッちゃんは一笑してくる。
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