02-04
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「どうした? 中井英輔。冷めるぞ」
声を掛けられ、ぼくは我に返る。
視線を持ち上げれば、やや憂慮を含んだ眼を宿す生きた武士。
珍しくぼくを心配してくれているらしい。銀縁眼鏡向こうに見える瞳が此方をジッと窺っていた。
彼の左手には割り箸、そして右手にはどんぶりが添えられている。
あ、今日の仲井の昼飯は天丼か。
そういうぼくはカツ丼だっけ。やれやれ、ぼくらしくないことにボケーッとしていたようだ。
「寝不足なんだ」夜中まで恋人(お茶)と戯れていたからね。おざなりな弁解を述べて、ぼくは盆に載せていた割り箸を銜えて真っ二つに割る。
「それにしては元気がないな。いつもならばクダラナイ馬鹿話ばかりするだろうに。なんだ、ついに自己破産でもしたのか?」
鋭いというか、失礼というか、クダラナイはひどくね? というか、なんだよこいつ。人のことを見ていないようで見ているじゃないか。
「かろうじて懐は生きてますよーだ」
不機嫌に返し、トンカツを箸で挟む。
なんでカツ丼にはグリンピースを入れるんだろうな? うちの家では嫌い派が多いから入れないけど、我が校の学食はノン不親切に入れてくれてやんの。ぼくはグリンピースが嫌いなのに。
探られる空気を散らすようにカツにかぶりつき、咀嚼咀嚼そしゃく。合間に返事を返す。
「Mハゲと結婚する夢を見てね。人生に絶望していたんだよ。これからのぼくの人生はハゲるに違いない! ってね」
「うそつけ」まーったく信用してくれない仲井に、「優しくねぇの」ちったぁ人の嘘に乗れよ、鼻を鳴らして肩を竦める。
誤魔化せる空気が薄れてきたから、正直になることにした。
相手は仲井だ。
冗談をかましてもあしらわれるだけだろう。
「昨日、妹に“今の兄貴が好き”って言われたんだよ。どーやら妹は女好きのぼくより、茶好きのぼくの方がお好きらしい。困ったもんだね。これは仲井くんの気持ちなのに。元に戻ったら“今の兄貴は嫌い”とか言われるんだろうね」
「良かったじゃないか」この機に女好きをやめればいい、なーんぞと言ってくる仲井。
分かってましたよ。君はお慰めよりも人を皮肉って追撃するタイプだもんな。期待してなんかしていなかったさ(けど心配してくれたから、ちょっとだけ期待していたんだぞ!)。
「君は全然女好きの部分を見せていないよな。どうやって自制させているやら、だよ」
それとも表に出さないだけでムッツリ?
瞬間、テーブルの下で左脛を蹴られた。おまっ、脛は人の急所っ、弁慶の泣き所なのに!
「実の妹にそう言われるとは、普段の貴様は余程の女好きなのだろうな。改心したらどうだ?」
改心、か。
苦笑を漏らす。
「そうだな」この機に改心しても良いかもしれないよな、おどけてみせるけど自分でも分かるくらい作り笑いなのが分かった。
相手が騙されてくれる優しい奴ならいいんだけど、遺憾なことに相手は仲井。
向こうが驚くほど演技が下手だったようだ。
決まり悪く頬を掻き、間を置いて、「女好きが悪いとは思わないさ」たとえ女のケツばっかり追っ駆ける最低男でも、ぼくはきっと女好きから脱せない。きっと。
“兄貴が“女好き”になった理由、私は知っているし”
人間、何処でどう転んで性格、嗜好、価値観が変わるのか分からない。
“このまま“女好き”を貫かれるよりは、今の兄貴の方が断然良い。”
どう転ぶのか、分からないんだよな。
“兄貴は優しすぎなんだ。兄貴が許しても、私は≪あいつ等≫を許さないから”
……、参ったね。
シリアスとか、ネガティブとか、そういた空気になるのは大嫌いなんだけど。
頬杖を付いて溜息をつく。鬱になる。ぼくはぼく自身に鬱る。鬱っちまう。
どうしたよ、中井英輔。
まさかの五月病か? らしくねぇや。皐月にあんなこと言われたのが最大の原因なんだけどさ。てか、なんで皐月が知ってんだよ。エスパーな妹だよな。姉貴は単純馬鹿なのに。
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