02-03
「また仲井に聞くのも悪いしな。取り敢えず、今日はこのままいこう」
急須に茶っ葉を注ぐぼくだったけど、ふと我に返って青褪める。
ゲッ…、やっべぇ。
今、ぼくはらしくないことを。
おずおずリビングにいる家族の方を見やれば、「貴方。英輔が」「思春期は何が起こるか分からないしな」「けど英輔が女の子に興味を示さないなんて」順にお袋、親父、姉貴がひそひそと会話している。
十中八九、人を患者として見ているに違いない。
嗚呼、またやってしまった。
お茶のことで頭がいっぱいになって…、家族の前ではできるだけ“いつものぼく”で通そうと思っていたのに。
がっくり肩を落として茶っ葉を蒸らしていると、「兄貴」真隣から声を掛けられた。
いつの間にぼくの隣にいたのか、皐月が息を潜めるように立っている。
驚いて悲鳴を上げるぼくは驚かせるな、とツッコミを入れたけど、皐月は気にする素振りを見せない。
勝手に人のノートを取ってページを捲っている。
「おい皐月」
「兄貴。部活を作るの?」
人の話をてーんで聞いてくれないんだから、我が妹は。
「笑うだろ?」このぼくが作るんだぜ? おどけてみせるけど、「ううん」凄いと思うよ、普通に感心された。
わっかんねぇな、皐月って人間。
昔から掴みどころが謎い妹だったんだけど、思春期に入ってより掴みどころが分からなくなった。
まーだ姉貴の方が扱いやすいっつーの。
「へえ、茶道部を復活させようとしているんだ。兄貴、茶道に興味があったの?」
いーえ、ぼく自身はありませーん。ぼく自身は。
「んー、今のところは茶道部復活を目標に掲げてるんだけどさ。ぼくは茶道部じゃない違う部活を作りたいんだ」
「違う部活?」
「茶道部は基本的に抹茶しか使わないだろ? でも日本にも外国にも沢山のお茶が溢れている。もっと沢山のお茶と関わらないと勿体無い気がしてさ。茶道はその一部にしか過ぎないんだ。ぼくが目指すのは総合茶部、みたいな? ……って、あー、まあ、ぼくらしくないよな。大いに笑ってくれ」
咳払いをして誤魔化し笑いを浮かべるけど、「いいじゃん」面白いと思うよ、皐月が改めて感心してくる。
……扱い難いな、この子! ぼくらしくないって驚いてくれた方がまだリアクションを取りやすいんだけど!
心中で溜息をつく余所で、「今の兄貴の方がいいな」皐月がとんで発言をしてくる。
「はい?」頓狂な声を上げるぼくを見上げ、「私は今の兄貴がいいよ」あどけない笑顔を向けられてしまう。
ちょ、知らない間に株が上げられても困るんだけど! お兄ちゃんは困るんだけど! しかも憎きお茶の気持ちで!
「だって兄貴が“女好き”になった理由、私は知っているし。このまま“女好き”を貫かれるよりは、今の兄貴の方が断然良い。―――…兄貴は優しすぎなんだ。兄貴が許しても、私は≪あいつ等≫を許さないから」
豹変したように堰切って想いを伝えくる皐月は、「頑張ってね」ノートを返してくる。
反射的に受け取ったぼくに、「お茶飲ませてよ」と皐月が笑みを浮かべて強請ってきた。
曖昧笑みを返し、「あんがとな」ぼくは礼を告げて、無理やりテンションを上げてみせる。
「おっし。んじゃあ、お兄様が美味しいそば茶を作って差し上げましょう! ってっ、ゲッ、蒸らしすぎじゃんかよ! 渋くなる!」
「兄貴、そば茶って何に良いの?」
「そば茶はすっげぇんだぞ。お肌の美肌・美白効果があるんだぜ?」
「ほんと?! なら早く頂戴!」
「ちょっと待てって!」今飲んだら、絶対渋いから! 恐る恐る試飲すれば、やっぱり渋くてぼくは舌を出した。
大袈裟だと笑う皐月に飲ませてやれば、「しっぶー!」向こうも悲鳴を上げる。それにぼくも、そして皐月も噴き出して笑ってしまった。
久しぶりの時間、妹とのやり取りに和んでしまうのはお茶の効力なのかもしれない。
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