01-17
「不味い、か?」
反応を探ってくる仲井にやっと息を吹き返し、「ぼくさ」実は抹茶とか緑茶とか、苦いお茶系がダメなんだ、と前触れもなしに暴露。
それを踏まえて感想を述べる。これは美味しい。
苦味があってぼくには苦手な味だけど、これは美味い。なんだろう、この感動。お茶好きとか関係なしに、これは美味いぞ。
安心した気持ちになれるというか、優しい気持ちになれる。
「仲井くん。才能あるんじゃないか? 苦い茶嫌いのぼくにここまで思わせるなんて」
建前じゃなくて、これはマジだ。
素直じゃないのか、褒められ慣れていないのか、仲井は冗談はよせと一蹴してくる。
けどぼくは興奮気味に、「いやまじだって!」こりゃ本格的に茶道を学んだ方がいいんじゃないか? 相手をベタ褒めしてしまう。
熱弁に負けたのか、ちょっとだけ仲井が照れてみせた。
「まあそれなりに」勉強だけはしているし、と弁解している。
「どうですか? お茶会は?」
と、出入り口からのーんびりした声が聞こえた。向井先生だ。
会議があるからぼく達の様子は見に来れないっつってたのに、わざわざご足労頂いたのは、手に隠していた栗饅頭のせいだろう。
「内緒ですよ」そう言ってぼく達に和菓子を差し出してくる向井先生の株が、ぼくの中でグンと上がる。ぼくもまた単純な男かもしれない。
「今。仲井くんにお茶を立ててもらったんだ」
タメ口で相手に説明。
気にするそぶりもなく、両膝をついて座った向井先生はぼくの差し出した器を受け取り、二回まわして一口。
「あら。美味しいですね」
これは見事だと向井先生も絶賛した。
仲井は居た堪れないような、むず痒いような面持ちを作って身を小さくしている。
照れ照れに照れているようだ。
「ほっらぁ、ぼくの言うことは建前じゃないだろ? 向井先生も言ってるじゃんかよ。美味いって」
「た…、たまたま美味くできたのだ」
何故そこで謙虚な態度を貫こうとするんだい?
いつものように「当然だ」なーんて傲慢な態度を取って見せろよ。らしくねぇぞ仲井、きもいぜ!
(もしかして仲井はツンデレの類いなのか?)
ツンデレといえば美少女だ。
「あ、あ、あんたなんか嫌いなんだから!」と頬を赤くし、ぷりぷりと怒った振りをしつつ、でも相手のことが気になる。いやん、私を見て。寧ろ貴方のことが好きなの。みたいな態度を取る。
女の子がこれをするとカワユイ。
過度にツンツンされるとカチンくるけど(あんま嫌い嫌い言われたら男だってメンドクセェになるって)、それなりならキュンとくる。
特にガードの堅い壁を崩してデレを見せてくれた時なんて最高にときめく! 水谷とそんなクダラナイ男子トークをした覚えがある。
あくまでこれは男による男のための男のツンデレ(♀)トーク。
ツンデレ(♂)を見てときめくかっつったら、さっきも思ったけどきもいの一言に尽きる。
よってぼくは何度だって言うね。仲井、らしくない上にきもいぜ!
向井先生から貰った栗饅頭の封を開けて、一口かぶりつく。
苦い抹茶を飲んだ後の栗饅頭は格別に美味しい。
そういえば、お茶に添えられる生菓子って、薄茶よりも前に食べるんだっけ? お口直しに生菓子を食べるって茶道の雑誌で読んだ記憶が。
じゃあこの後に再び抹茶を飲めば、更にあの抹茶が美味しいって思えるのかもしれない。後で試してみよう。
栗饅頭を咀嚼している傍らで、向井先生が器を回して綻びを見せた。
目尻の皺がくっきりと見えるほど優しく頬を崩している。
「ここまで御上手に立てられる学生さんも珍しいですよ。茶道部があれば、来客を招いてお茶を立てられたのに、少しばかり残念ですね。昔はよく他校生徒を招いてお茶を立てていたのですよ」
聞けば、向井先生は元々茶道部の顧問をしていたらしい。それはそれは懐かしそうに語ってくれた。
うーん…、茶道部って文系部活の中でもあんまり需要が無さそうだもんな。
スポーツ系ならサッカー部や野球部、バスケ部、テニス部。文系なら吹奏楽部や美術部なんかが人気そうだし。
「勿体無いよな」こーんなに立派な和室があって、道具まで揃っているのに、茶道部が廃部しているだなんて。ぼくの言葉に、向井先生が相槌を打ってくれる。
「もう何年、この和室を使っていないことでしょうか。使ってあげたいのは山々なのですが」
「先生はお茶立てられるの?」
「ええ。これでも師範を持っていますので」
うっはー、先生までちゃーんといるのに、マジ勿体ねぇな!
腕組みをして一思案するぼくはある案を思い浮かべていた。が、それはぼく自身、ちょっちメンドクサイことだなぁっと思えてならない。
でもぼくの中の茶魂が疼くというか、仲井の茶馬鹿が疼くというか、なんというか。
むむむっ、元々合コンとか遊ぶ計画とか、そういった幹事の仕事は好んでするもんだから、ぼくの頭の中である計画が立ってしまう。ぼくの意識とは関係なしに。
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