01-15
湿った空気は嫌いだからぼくから話題を切り出す。
「なあなあ仲井くん。これが茶道具なんだろ? 名前を知っているってことは、お茶とか立てられるのか?」
ぼくの問い掛けに、物思いに耽っていた仲井が息を吹き返した。ぶっきら棒に「少々だがな」
あり? んじゃあ本格的に立てたことはないってことか?
目を瞠ると、「当たり前だろ」茶道具を持っているわけないではないか。一般家庭にありそうか? と茶釜を指差してくる。
確かに。
茶道家でもない限り、こんな道具、ご家庭に必要ない。
取り揃えたところで置き場に困るだろう。
仲井のところも同じことが言えると思うし。
良かった、生きた武士もちゃーんと現代の人間なんだな。
なら、話は早い。
「よーし。今からお茶を立ててみようか仲井くん」
「はあ?」頓狂な声を上げる仲井くんが何を考えているのだとツッコんできたけど、いやいや、君こそなんのために和室を借りたんだい? お茶を立てたり、茶道具を触ったり、学んでみたかったりしたかったんじゃないのかい?
時間は無駄にできない。
折角友達との付き合いを断ってまでこいつといるんだ。何かアクションを起こしたいじゃないか。
だけど(ぼくの気持ちではないけれど)好きな気持ちで茶道の本を読めど、てんで知識のないぼくだから、
「んーっと、この茶釜はナニすんの? お湯でも入れたらいいのか?」
重たい茶釜を左右に振ってぞんざいに扱う。
「馬鹿。大事に扱え!」瞬時に仲井から茶釜を奪われた。
睨んでくる相手にごめんごめんと片手を出して一笑し、肩に掛けていた鞄を仲井の鞄の隣に放ると腕を捲くった。
「んじゃ、優しいぼくは掃除でもしてやろうじゃないか。せめて雑巾で畳を拭くくらいはしないと、茶を立てても塵が入るし」
「……本気でやる気か?」
「えー? 仲井くんはしねぇの? だってよ。わざわざ和室まで借りているんだぜ? 和室の見学で終わらせるのは勿体無いじゃないか」
ほら、さっさと支度しろよ。ぼくは雑用をしてやっから。
シッシと相手を手で払い、廊下に設置されている掃除用具に向かう。
最初は箒で掃く方がいいかな。
雑巾はあるみたいだけど、ゲッ、むっちゃ汚い。しかも臭いときた! どんだけ手抜きなんだよ。この掃除用具。
比較的綺麗な雑巾を手に取り、箒とちりとりを準備していると、背後に気配を感じた。振り返れば、釈然としない態度でこっちを観察している仲井が。
「どーした? まさか、ぼくに準備をしろって言うんじゃないだろうね? それでもいいけど、ぼくの知識は爪先程度だぞ?」
口をへの字に曲げている仲井は眼鏡のブリッジを押し、「茶を立てるということは」貴様が飲むんだからな、と妙に畏まってくる。
そりゃそうだ。
自分で飲んでもいいだろうけど、折角なら誰かに飲んでもらいたいものだと思う。
それが茶道の醍醐味だと思うし。「分かっているけど」返事すると、「言っておくが」知識はあっても本格的に立てたことなどないのだからな、仲井が念を押してくる。
「もっと言えば、ひとりで茶など立てたことがない。あくまで知識程度であり、経験があれど師範がいた」
やたら畏まってくるけど……もしかして、こいつ、ちょっち緊張していたり?
それが妙に可笑しくて、ぼくは笑声交じりに返事した。
「大丈夫だって。ぼくは茶を立てたことすらないんだからさ。ど素人よりかはマシだろ?」
後でぼくにも教えてくれよ、一人より二人で茶を啜った方が和むだろ。
相手に同意を求める。あしらわれるかと思ったけど、意外にも仲井は承諾してくれた。
それこそ向井先生に見せた、愛想の良い笑みで。
「仕方がない。おれだけ立ててもすぐに終わるだろうし、何かの縁だ。教えてやる」
準備をしてくるから、しっかり掃除をしとけよ。
手の平を返したように人を顎で使ってくる仲井は早足で和室に戻って行った。
あっ気取られたぼくはすぐに表情を戻して肩を竦める。
あれくらい愛想があればクラスでも人気者なんだけどな。
「ぼくってお人よしなんだか、お節介なんだか。適当に受け流して帰ればいいのに」
自分から率先して掃除、しかも茶道を教えろ、だなんて。
信じられない気持ちに肩を竦めた後、ちょいと声を張って、「楽しみにしてるからな」と相手に伝えた。
「ああ」中から返事してくれる仲井の声を耳しつつ、ぼくは掃除用具箱の扉を閉める。
少しだけ仲井との距離が縮まったと思えるのは、単なる気のせいだろうか?
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