01-09
ここでようやく、ぼくはようやく自我を取り戻した。
さーっと青褪め、持っていたペットボトルを力なくテーブルに置く。
刹那、フローリングに両膝を突いて「また無駄遣いをしてしまった!」お茶如きに五百円以上も使ってしまった! 所持金千円の内訳が全部お茶ってどういうことだい?! 千円あればグラビア雑誌が買えたというのに!
「しかもトウモロコシ茶だって?」
美味しいかどうかも分からないのに、興味本位で買ってしまった。店員さんに情報すら求めてしまった!
求め方に難があったせいか、ちょっと向こうが引いていたかもしれない。
とにもかくにもやってしまった!
うわぁあああ死にたいぃいいい!
「仲井のせいだぁあああ! この緑茶といい、トウモロコシ茶といい、どうすればいいんだよ! 全部飲めってか?! ひとりで飲めるか阿呆! いや飲むけどさ! 勿体無いから全部飲むけどさ!」
まだほうじ茶のパックだって残っているのにっ。
嗚呼、これが仲井のお茶に対する情熱。恐るべし。
ぼくに苦手な緑茶の飲み比べをさせるなんて。飲み比べをさせるなんてっ。
「お茶なんて消えてなくなれば良いんだ」
半泣きになりながら、ぼくは三本目の緑茶を開けて口に含む。
うん、二本よりかは渋みが抑えられている。
これは美味い気がする。
でもやっぱり苦い。渋い。苦手な味だ。
どーんと暗くなりながら椅子に腰掛けてお茶を飲むぼくに、いよいよ皐月が危険を感じたのか(頭大丈夫? って目をしている)、心配を垣間見せてくる。
「なんか、あった? 最近、兄貴ったらお茶ばっかり買ってるってお母さんが言っていたけど」
「マジどうしちゃったんだろうな。ぼく自身もワケが分からないよ。女の子への興味もさーっぱりだし」
いや、興味はあるんだよ興味は。
ただ情熱が失われただけ。あいつの気持ちとチェンジしただけなんだ。
女の子からお茶にシフトチェンジなんてどんなお笑い種だろうか。つくづくぼくって運がない。
……いや、ある意味運がある方かもしれない。
仮に仲井の情熱がお茶ではなく、サッカーに向いていたらぼくは今頃どうなっていたやら。
筋トレでも始めていたかもしれない。
サッカーグッズを買い漁っていたかもしれない。
試合のチケットを取るためにウン万円浪費していたかもしれない。
それを考えれば、まだマシかもしれないな。
だけど、
(ぼくにここまでさせる仲井の気持ちは恐ろしいな)
けれどもこうも考えられないか? 仲井はどうしてここまでお茶に執着しているのか、と。
健全な男子高生にしては変わった趣向だと思う。
普通はスポーツや異性、漫画やゲームに目を向けるもんだろ?
なんであいつはお茶なんだ?
クラスでは愛想がないせいで浮いた存在になりがち。輪に入るどころか、ロンリーウルフになりたがる。
変人極まりないけど、それは果たして性格だけの問題かな。
ぼくだったら常にひとりで行動したり、学校生活を送るってのは退屈でしょうがないと思うんだけど。
(それとも、退屈が気にならないほどお茶に目を向けているのか?)
明日の放課後を思い出し、ぼくは仲井龍之介という男に少しだけ興味を抱いた。これは純粋な好奇心だ。
(明日になれば分かるかもしれない。彼のこと)
その彼だけど今頃、ぼくの気持ちを持ってどう過ごしているだろう?
惜しみなくぼくを嫌ってくれているのだから、気持ちに振り回されているんだろうな。
ぼくって自他共に認める女の子スキーだから。
ぼくが困っているように、あいつも困っているといいな。
これは嫌味じゃなく、単なる皮肉。
あ、意味は一緒か。
容易にしかめっ面が想像できてしまい、ぼくはひとりで笑声を漏らしてしまう。
ますます皐月に心配されたけれど、気付かない振りをして頬を崩した。
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