00-10
不良。不良。ふりょう。
今日は不良難なのだと気鬱な念を抱えていた私は、この鬱憤を晴らすために六時から始まる空手教室で汗水を垂らす。
師範から今日はいつになく気合が入っているね、と苦笑いされるほど私の稽古模様は荒れていた。
目前の瓦の束を空手チョップで割り切り、組み手をする相手を投げ飛ばし、個人用サンドバックに凄まじい足技をかけ。
「円を惑わした男が、もしチャラ男だったら」
絶対許さん!
円の恋愛話を脳裏に蘇らせては、気合の入った回し蹴りをかます私。
形相が鬼だったらしく、習い事仲間から般若だと言われてしまうけれど、しょうがない。
むしゃくしゃしているんだから!
八つ当たりを周囲にぶちまけ、私はその日の稽古を終えた。
午後九時十分頃の話だった。
「はぁあ…、あんなに動いたのに気が晴れないわ」
空手教室を出た私は帰宅路を歩きながら、不良のことで一憂一憂する。
あのお淑やかで可憐で可愛い円が不良に好意を寄せるなんて。
おとなしいからこそハッチャケた男に興味を持ったのかもしれないけど、それにしたって不良に好意を寄せなくても良いじゃない。
外灯の下で立ち止まった私は、
「どこのどいつよ!」
その外灯のボディに拳を入れる。
低い金属音が視界の悪い夜道に響いた。
「円を惑わせた男ってどこのどいつっ…、不良ってナニ?!」
叫んだと同時に聞こえて来るバイブ。
スカートのポケットに捻り込んでいた携帯が私を呼んでいるらしい。
「誰よ」唸り声を上げながら、携帯の画面を開く。
表記された名前に首を傾げた。
「円からじゃない。もう塾は終わったのかしら?」
噂をすればなんとやらね。
軽い気持ちで電話に出る。
もしもし、呼び掛ける前に円の切迫した声音が私の鼓膜を振動した。
瞠目、円は私に助けを求めてきたのだ。
間を置かず円は追われているのだと告げてきた。
誰に追われているのかは分からないし、教えてくれない。
円自身も分からないのかもしれない。
怖くて怖くて仕方がない、助けて、怖いよみよ子。
悲痛な叫びが混乱した私の大脳にダイレクトする。
「今何処?!」
状況判断はともかく、民家はないのか? 近くに人はいないのか? すぐ迎えに行くから!
矢継ぎ早に伝えると、円は地元の駅付近にいるらしい。
だったら急いで駅構内にいるよう私は指示、そこなら人目も多いし駅員に助けてもらえるかもしれない。
恐怖心を抱いている親友に何度も言い聞かせる。
足は地を蹴っていた。
携帯は通話状態のままだ。
機具から聞こえて来る親友の息遣い。
彼女も走っているのだろう。
切れ切れに私の名前を呼んでくるか弱い声に、「すぐ行くから!」だから気をしっかり持って! 私は相手に一喝した。
「大通りに出たからっ…、あとちょっとっ、頑張って!」
『ごめっ…、みよ子…。一番っ、頼れるの、みよ子でっ』
「馬鹿! 今は謝っている時じゃないわよ! っ…、クソ、信号に掴まった」
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