Dark
2
※名雪圭吾視点
「か、勘弁してくれ…頼むっ!!」
「………………。」
場所は、港の倉庫街の一角。
時刻は、深夜。
捕獲済みの獲物を、引き渡す少し前の話だ。
巣穴から引き摺りだした鼠の一匹が、突然這いつくばる様に命乞いを始めたのは。
「……………。」
「お願いだっ…いや、お願いしますっ…!!」
後ろで両手を縛られたまま、コンクリートの床に頭を擦り付ける男に、冷ややかな視線が集中した。
「……………。」
不愉快そうに、綺麗な顔を歪める京ちゃん。
しずちゃんは逆に、表情の一切を削ぎ落としたかの様に、無表情。
そして、
「オレはまだ死にたくなっ、」
「黙れ。」
「っ!!?」
男の必死の懇願を、冷たい声音で一蹴したのは、
かつて、『陰』――『黒龍の影』と呼ばれた存在。
「あなた方に発言を許した覚えは無い。それに懇願されたところで、オレの意志は1ミリも揺らぎはしない…無意味に痛い思いをしたくなければ、口を閉じた方が賢明です。」
族なんてモンに関わっている割に、やけに真っ直ぐで不器用。
傷つかなくていい事でまで傷付いていた彼は、もういない。
冷酷無比な瞳は、微かな揺らぎさえ見せずに淡々と男を切り捨てた。
やがてやってきた、どう好意的に見ても堅気には見えない連中に男を引き渡す時も、少年は眉一つ動かさない。
「…………」
その様を見守る時だけは、京ちゃんの冷たい視線は気遣わしげになり、しずちゃんの無表情も、痛みを堪える様に歪む。
彼を心配している事は、傍目から見ても一目瞭然。けれど少年はそれさえも気に留めない。
まるで『歩みを止めたら終わり』とでも言う様に駆け続ける少年は、用が済むなり踵を返す。
「りっちゃ、」
「残りの場所が判明次第、連絡します」
堪えかねた様に呼んだしずちゃんの声に被せ、淡々とした言葉を告げ、消えた。
後ろ姿が、『呼ぶな』と叫んでいるかに見えた。
少年が消えた後、倉庫内に沈黙が落ちる。
打ち破ったのは、オレの洩らした呟きだった。
「……性格悪い」
ため息混じりに呟いたオレの言葉を拾ったしずちゃんは、ガンッと壁を蹴飛ばす。
「……誰の事言ってんのー?」
低く凄む声と氷点下の眼差しに、オレはヘラリと笑った。
誰の性格が悪いか?そんなの、
「ボスに決まってんじゃん」
「……は?」
しずちゃんは、虚を突かれた様にポカンと口を開けた。
近くに積み置かれた荷物の上に腰掛け、オレは足を組む。
「……あんなガキ共のトラップに、御門暁良ともあろう者が引っ掛かると思う?」
オレには、わざと引っ掛かった様に思えてならないんだよねぇ、と笑えば、しずちゃんと京ちゃんは揃って口を閉ざした。
沈黙はたぶん同意。二人もきっと、同じ事を頭の片隅で考えていた筈。
「……黒龍から引き剥がす為なら、自分の命まで道具に出来るんだから、あの人も結構イカレてるよねぇ」
そしてボスは、望み通り、龍の玉を手に入れた。
黒龍さえも切り捨て、少年は、復讐の鬼と化す。御門暁良だけを想い、彼だけの為に生きる存在となった。
「……本当、性格悪」
オレはもう一度、吐き捨てる様に呟いた。
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