Dark
遺書 [咲凛]
※150万打記念小説
(6位 斎藤咲)
凛18才、咲17才位 バッドルート?
「……………。」
オレはただ、呆然としていた。
自分の現状が、何一つ理解出来ない。
考える事を拒絶した、働かない頭で、ぼんやりと思い起こせるのは、大きな会場で執り行われた葬儀と、無表情にちかい、父の遺影。
それが夢でなかった事を示すように、オレは未だ喪服のままで、
けれど、記憶は途中でプツリと途切れている。
気が付けば、やけに広く豪華な部屋の寝台の上に投げ出されていた。
腕には何故か、手錠。
それでも、誘拐か、なんて疑いようも無いのは、
「……目が、覚めた?」
目の前に居るのが、弟だったから、だ。
「…………さ、き…。」
咲は、椅子に深く身を沈め、頬杖をつきながら、オレを見つめている。
無表情だが、酷く暗く、危うい雰囲気を纏う弟は、暫く見ない間に、驚くべき成長を遂げていた。
中性的だった美貌は、頬が削げ瞳が鋭くなり、男臭くなった。
背も、オレよりずっと高い。
オレの記憶の中の咲とは、最早別人。
容貌もだが…なにより、雰囲気が。
いつからこんな、暗い瞳をするようになったんだ…?
「……やっと、だ。」
「…え?」
オレがグルグル考えていると、咲はまるで独り言のように、何事か呟く。
「…さ、」
「やっとだ。…やっと、貴方を閉じ込める鳥かごを手に入れた。」
「…え………?」
咲、と最後まで呼べずに遮られる。
咲は、意味の分からない言葉を告げた。
…分からない。分からないけれど、凄く不穏な響きだった。
鳥かご?
オレを、閉じ込めるってなに。
お前はオレが、憎かったんじゃないの。
オレが疎ましかったんじゃないの?
ドクドクと煩い鼓動に眉をひそめつつ、咲を見ると、彼はひじ掛けに手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
――コツ、
「…っ、」
一歩、近付いて来る。
コツ、――また、一歩。
離れていたとはいえ、弟なのに、恐怖で体が竦む。
誰――誰なの、これは。
オレは、知らない。
こんな…餓えた獣のような瞳をした男は、オレの知っている咲じゃない。
「…財産を手に入れた。それを増やす知識を手に入れた。囲いこむ力とコネを手に入れた。」
「…………っ、」
言葉も行動も、常軌を逸しているのに、
やけに冷静な無表情のまま、咲は、オレに手を伸ばす。
指先は、血の気が通っていないかのように、冷たかった。
「後は、……貴方だけだ。」
「さ、き……?」
ビッ、
「…っ、!?」
渇いた音をたてて、ボタンが飛んだ。
オレの白いワイシャツが引き裂かれ、肌を露にされる。
「な、…に……?」
ギシッ、
咲が乗り上げた事で、ベッドが軋んだ音をたてた。
間近に寄った美貌から目を離す事も出来ずにいると、冷たい指先が、オレの肌を辿る。
「……っ、」
「…貴方は、知らないでしょう?オレが、貴方をどんな目で見ていたか。」
「………?」
「…知る筈無い。拒絶されたくなくて、ずっと隠していたんだから。……でも、もういい。貴方にはオレしかいないから。これから一生。」
「え……?」
スルリ、と服の合間から滑り込んだ手が、オレ平たいの胸を撫でる。
「さっ、……なに、し…っ!?」
唇が、合わせられる。
それは触れるだけのものだったけれど、オレの言葉を奪うには充分だった。
「……………………、」
「ずっと、貴方に触れたかった。…初めて夢精した時も、貴方の夢を見ていた。それからずっと、一人でヌく時もセックスする時も、考える事は、貴方の事だけ。」
「………さ…き……。」
まるで、悪い夢を見ているようだ。
ずっと会えなくて、拒絶され、
漸く会えた弟は、
弟では、なくなっていた。
「…………怖い?気持ち悪いよね。」
咲は、瞬きも出来ずに固まっているオレの頬に触れる。
全く温度を感じないような無表情が崩れ、咲は泣きそうな顔で微笑した。
「……でも、もう逃がせ無い。」
「…っ、」
その、泣きそうな顔は、昔の咲のままで、
この人は、オレの大事な咲で、
狂う事も出来ず、正気のまま、ここまで歪ませてしまったのは、オレなんだ、と。
オレは、やっと理解した。
「……っ、」
怖い、早くこんな悪夢覚めて、と
祈るような気持ちは消えない。
―――消えない、のに。
「…………咲。」
「…兄さん?」
オレの雰囲気の変化を敏感に感じ取った咲は、不思議そうな顔でオレを見た。
「……これ、外して。」
「…駄目だ。」
「絶対逃げない。…約束する。」
「…っ、嘘だっ…!!兄さんは、オレから逃げる気だろう!?」
幼い子供のように不安定な表情で、声を荒げる咲に、オレはゆっくりかぶりを振る。
「………咲。」
「っ、…」
「逃げない。……もう、何処にもいかない。」
「……………え?」
だから、と目で促すと、戸惑いながらも咲は、オレの手錠を外してくれた。
ありがと、と短く礼を言うと、咲の戸惑いは大きくなる。
「咲……オレは、…オレの想いは、お前と同じものには、なり得ないよ。」
「………………。」
「お前は、オレの大事な弟。…それは一生変わらない。」
「……………、」
咲の表情が、僅かに痛みに耐えるように歪められたが、咲は、オレから視線を逸らさなかった。
……そんな風に、融通がきかないとこだけ、オレに似ている、大切な大切な、オレの弟。
同じ想いは返せないけれど、
歪みも、痛みも、
半分背負う事なら、出来るかもしれない。
「それでもいいなら、………おいで。」
「…っ!?」
目を極限まで見開く咲に向かって、大きく腕を開く。
「…一緒に地獄に落ちようか。」
「っ、…兄さ……凛っ、…凛っ!!!」
飛び込んできた咲に押し倒されながら、オレは泣き笑う。
さよなら、オレの世界。
さよなら、大切な人達。
…オレは今から、
弟と地獄に落ちます。
(お元気で。)
(どうか、探さないで下さい。)
END
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