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君に幸あれ。 [黒凛]


その日は、とても穏やかな一日だった。





いつもオレが起こしに行くまで起きない、低血圧気味な黒さんが、とても早くに1人で起きてきて、オレが目を丸くしたのが、その日の始まり。


朝食を食べ終えてもまだ、大分早い時間だったが、黒さんは大層機嫌良い様子で、オレをドライブに誘ってくれた。


花が芽吹き始めた川辺や、まだ肌寒いが、突き抜けるような青空をうつした、とても綺麗な海。

春の麗らかな日を満喫するように、美しい景色を眺めながら、ゆっくりと二人で歩いた。


黒さんは何故か、学校や友達の事を聞いてきて、オレは、不思議に思いながらも話す。


頷いて、たまに笑いながら、黒さんは、楽しそうにオレの話を聞いてくれて、


オレも嬉しくて、思い付く限り、沢山の話をした。



なんて、幸せな日なんだろう。

オレは、本気でそう思っていた。


家に帰り、窓際に佇む、黒さんの言葉を聞くまでは――、
















「オレ、死ぬらしい。」


「……え?」



黒さんは、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、サラリとそう言った。


オレは、何を言われたのか理解出来ずに、呆然と彼の顔を見つめる。


いつもと、何ら変わり無い甘く、優しい、瞳。
綺麗な綺麗な、漆黒の瞳からは、何の嘘も拾えない。


何のリアクションも返せないオレに苦笑し、軽く肩を竦めた彼の手の中で、グラスに入った透明な液体が、チャプリ、と揺れるのを、ただ、見ていた。


「…最近の医者は、本人に宣告すんだな。正直、何の冗談だよって思った。」


オレの気持ちを置いてきぼりに、黒さんは笑いながら、話を進める。


「でもさ、家族の事とか聞かれて、これからの方針とか余命の話までされて、あ、マジなんだ、って他人事みたいに納得しちまった。」


妙に穏やかなその横顔に、オレの手が震えはじめる。


何を、


何を、言っているんだろう。



いなくなる?




一体、誰が――?



「……りぃ。」

「…っ、」


静かに呼ばれ、ビクリと体が跳ねた。

バクバクと、煩い位、鼓動が早鐘を打つ。


気を失いそうに、頭が痛い。



「…オレのお願い、聞いてくれるか?」


真剣な顔で、射抜くような視線を向ける黒さん。


嫌な汗が浮かぶ手の平を、オレはぎゅうっと握りこんだ。


「…オレがいなくても、生きてくれ。」


「…………っ、」



貴方は、



貴方は、それが、どんな残酷な言葉であるか、


知って、いますか――?



「…今日一日、すげぇ楽しかった。」


開いた窓の枠に手をかけ、吹き込む風を受けながら、彼は子供みたいに笑った。


「もう春なんだなぁ。…花が咲いて、風も温くなってきたし。」


なぁ。なんて同意を求められても、返事なんで出来やしない。


「…世界は、美しい。………だろ?凛。」


意識しないまま、両の目から涙がこぼれ落ちる。


後から後から、伝う涙が、頬を濡らした。


「もう、お前の世界は、オレだけじゃねぇだろ?…ダチも、仲間もいる。…………家族だって、お前が望めば、取り戻せるんだ。」



此方を見もせずに、黒さんは優しくオレを突き放した。



「…オレがいなくても、…………………幸せになれ。凛。」



優しい、優しい言葉。


嗚呼、でも


貴方は勘違いしている。



ダチが出来ようと
仲間が出来ようと

例え家族を取り戻したとしても、



オレの世界は、




ドンッ、
「…っ?」



後ろから、体当たりするみたいに、彼に抱き付く。


首をめぐらせ、覗き込もうとする彼を許さず、ぎゅうっとしがみ付く腕に力を込めた。



「…嫌です。」
「………凛。」


オレの言葉に、諫めるように名前を呼ぶ黒さん。


でも、譲れない。
譲れる筈、ない。


「…貴方のお願いは、何だって叶えたいけど、それは無理です。」


オレの意志が、例え貴方の本意とはかけ離れたものだったとしても、


無理なんだ。だって、


「オレの世界は、変わらず貴方だけです。」


だって、世界を失って生きる事なんて、出来ない。


「………友達も、仲間も、家族も、誰も貴方の代わりにはなれない。オレは、」




「貴方を失って、生きる事なんて、出来ない。」



どんなに、貴方がそれを望まなくとも。






「………………。」



長い、沈黙が落ちる。



やがて、体を反転させ、オレと向き合う形で、黒さんはオレの顎をすくい上げた。


「?…………っ!?」


ピントが合わない位、至近距離にある黒さんの綺麗すぎる顔をじっと見ていると、唐突に唇が触れる。


黒さんの唇が、オレの唇にそっと合わせられた。



目を見開いたままのオレに構わず、黒さんはオレに深く唇を合わせ、



何かを、流し込んできた。


「…っ?」


ゴクリ、と飲み下すのを確認し、唇はそっと離された。


「……………な、に…?」


今の。
そう呆然と呟くオレに、黒さんは微笑んだ。


殊更に優しく、甘く。



けれど、見た事も無い、歪んだ笑み。
まるで人で無いモノのように、妖しく艶靡に、彼は笑む。



「今のか?……毒だ。遅効性の、致死毒。」

「……………。」


さっきまでとは違う意味で、オレは呆然とその言葉を聞いていた。


「…嫌か?怖いか?……でももう、遅い。お前は、オレの最後の賭けを、クリアしちまったんだからな。」



愛しさを、その目が指が唇が、全てがオレに伝えてくれる。
そっと両手で頬を包まれ、上向かされた。


「…あんなに綺麗な景色より、楽しそうに話してたダチより、…オレの、最後の願いより、お前はオレと共にいる事を望んでくれんだろ?」


その言葉に、知る。


彼は、オレに選択を迫っていたんだと。


世界と、世界。


愛しい沢山の人達と、彼。


どちらを選ぶか、突き付けられ、


オレは、生きる道を、蹴った。



暖かな世界よりも、
唯一人、彼とともに逝く道を、



選んだ。



「…なら、連れて逝かせてもらうぜ。もう、絶対に離さない。……お前は、誰にもやらねぇ。」



幸せそうに笑む彼の口付けを受けながら、オレも笑う。

「……はい。」




ああ、何だ。





やっぱり今日は、


幸せな日だったんだ。




END

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あきゅろす。
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