Dark
不可視 [鴇凛]
※誠視点です。
「ちは。…お久しぶりです、誠さん。」
そう言って店に入ってきた男を見てオレは、唖然とした。
クセの強い髪を後ろに撫で付けた、野性的な美貌のその男は、数年前も、同じような言葉で、オレの店へ来た知己。
「………鴇、お前、…」
生きてたのか、と呟いたオレの言葉に男…桐生鴇は、苦笑する。
「一応。…何の因果か、生き延びちまいました。」
カウンター席に座る鴇の、穏やかな顔を見て、オレは、今はいない子の顔を思い浮かべていた。
目の前の男が愛し、大切に慈しんでいた少年、
陰――、いや、斎藤凛の事を。
「……もう、整理ついたのか?」
オレがそう切り出すと、ウイスキーのグラスを傾けていた鴇は、無言のまま、口角をつり上げ、笑む。
「…………?」
その表情に、オレは違和感を覚えた。
諦めた、とか
忘れた、とか
そんな表情では無い。
やっと、望んだものを得たような、とても穏やかな目で微笑む鴇。
けれど、ソレが、有り得ない事だとオレは知っている。
コイツの欲しいものは、永遠に失われた。
一年前の、冬の寒い日に。
コイツの大切にしている子が、オレにとっても、弟のように可愛がっている子だと分かったのは、皮肉にも彼…斎藤凛が亡くなった日だった。
死因は、事故死。
子供庇って、とか。
らしすぎて笑えなかった。
号泣する奴。
表情を無くす奴。
激怒する奴。
あの子を大切に思う沢山の奴等が、各々の反応をする中、
桐生鴇は、ただ呆然と
四角いフレームの中で、幸せそうに笑う彼を、見つめていた。
それから程なくして、鴇が夜の街で暴れてるっつー噂を聞いて、オレは奴の元へ向かった。
先生、なんて似合わない職につき、『好きな子が出来た』と笑っていた鴇に、昔のような荒れた生活には戻って欲しくねぇと思ったから。
………だが、オレは結局、止められなかった。
返り血を浴び、空を仰ぐアイツに、掛ける言葉なんてない。
昔の荒れ具合なんて、可愛いもんだ。
狂ったように咆哮をあげる鴇は、まるで手負いの獣。
半身を奪われ、怒りと哀しみに狂う獅子が、其処にいた。
鴇は、そのまま、この街から消えた。
風の噂で、色んな街を彷徨っていると聞き、
ああ、アイツは、まだ探してんだな、と思った。
再び愛せる誰かを、では無く
亡くしてしまった、彼を。
唯一の、愛しい子を。
そしてきっと、死ぬまで探し続けるんだと、思っていた。
「……なぁ、誠さん。笑うか?」
鴇の声に、オレは現実に引き戻される。
「……何をだ?」
聞き返すと、鴇は、目を優しく細め、幸せそうに笑う。
「……オレはずっと、凛を探していた。…死んだ、なんて聞かされても、納得出来なくて……ああいや、違うな。…納得しちまったら、痛みに狂いそうで、必死に目を反らしてた。」
「…………。」
「死ぬ気になって探せば、いつか会えるんじゃねぇかって、ずっと…………でも、違った。遠い場所や、行った事の無い場所を探しても、見つかる訳無かった。
…………凛は、此処に居た。」
「………っ、」
そう言って鴇は、誰もいない虚空に手を伸ばす。
自分のすぐ傍らの空を、抱き寄せるように引き、とても愛しいものを見つめるように甘く瞳を眇め、笑んだ。
「……狂ったって、思うか?…まぁ、オレも半分そんな気はしてんだけど、…………それでも、いい。凛はオレのすぐ傍にいる。それなら、誰に何て蔑まれようと、何も怖くねぇ。」
そう言い切った男の目は、真っ直ぐに澄んでいて、とても狂人のものには見えなかったが…、
「……なら、どっちでもいいんじゃねぇの。」
そうオレが呟くと、男は虚を突かれたように目を瞠り、次いで可笑しそうに笑った。
「……ですね。」
凡人なオレの目には、何もうつらなかったから、何が真相なのかは、分からねぇ。
凛を探し疲れ、コイツがとうとう狂ったのか。
それとも、目に見えないだけで、本当にあの子がいるのか。
それは一生分からねぇが、面倒見の良いあの子が、こんなダメダメな野郎を放っておける訳ねぇと、オレは思ってる。
まぁ、なんつーか、アレだ。
コイツの粘り勝ちってやつ?
(天国から引き摺り降ろしちまうんだからさ。)
END
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