Dark
楽園の蝶[静凛]
…恋を、していた。
初めて芽生えたソレは、
フワフワ柔らかで、
暖かくて、少しくすぐったくて、
大事な大事な、宝物だった。
「………。」
意識が、急速に浮かび上がる。
目を開けると、見慣れた白い天井。
ここ半年くらい、オレは同じ景色しか見ていない。
白い天井と、白い壁。
本が一杯詰め込まれた本棚と、白いテーブル。
皮張りの白いソファーと、クローゼット。
後は、寝乱れたベッドと、
――隣で眠る、綺麗な男。
オレの景色は、いつもそれだけ。
「……………。」
気だるい体を無理矢理起こす。
昨夜も散々喘がされた為、体のあちこちと喉が痛む。
半身を起こし、男を覗き込むと、シャラ、と足につけられた細い鎖が音をたてた。
「…………。」
そっと、頬に手を伸ばすが、男は目覚めない。
指を、首に絡めても、目覚めてくれない。
「……………。」
閉じ込められ、オレは彼を、恐れた。
怒り、憎んだ。
無理矢理抱かれ、奪われ、初めて抱いたあの人への恋心さえ、踏み躙られた。
好きだったんだ。
大切だったんだ。
けれど、
今のオレは、
その人の顔さえ、まともに思い出せない。
白い檻の中で思うのは、いつだって、目の前で眠るこの男の事ばかり。
幼いママゴトのような恋心は、いつしか、どす黒い憎しみや怖れに侵食された。
「……………。」
好きだったんだ。
(本当に?)
大切だったんだ。
(忘れてしまえる程度に?)
「……………っ、」
苦しい。
いつの間にか、オレの中に、憎しみと怖れ以外の感情が芽生えていた。
男の首にかけた指が、震える。
―――ポツ、
オレの目から溢れた雫が、男の頬に落ちる。
「…………りっちゃん?」
男の目が、ゆっくり開いた。
もうずっと前から、目覚めていたのかもしれない。
優しい手付きで、涙を拭われた。
嗚呼、もうオレは、
この手を、なくせない。
殺すことなんて、出来ない。
「……………、」
気付いてしまったんだ。
抱き竦める腕が、まるで縋るように震えている事に。
オレを見つめる眼差しが、ただ一途に愛しいと伝えてくれている事に。
「泣かないで……殺して、いいんだよ?」
そんな事を、幸せそうに笑って告げる男を、
この人を、オレは――
首に指をかけたまま、オレは顔を寄せる。
「……っ!?」
驚愕に瞳を見開く男に、そっと触れるだけのキスを送る。
「………………………………………な、んで……?」
「……殺してなんか、あげないよ。」
もう一度、口付けを繰り返すと、男の体が、ビクリと震えた。
この気持ちは、かつて抱いていたものと違って、
暖かくも、柔らくも、無い。
苦くて熱くて痛くて、ドロドロしたものが、沢山溢れそうになる。
優しくしたいと思いながらも、消えない傷をつけたくなるんだ。
「………り、ん。」
期待と怯えが入り交じった複雑な顔で、オレに震える手を伸ばすこの人を、
オレは、
愛しい、と思った。
「……一生、逃がしてなんかあげない。」
「っ…!!」
折れる位、強くかき抱かれた彼の首筋に、オレは口付け、跡を残す。
オレも、彼に、鎖をつける。
愛、という名の、重い鎖を。
蝶は、恋を奪った蜘蛛を憎んだ。
けれど蝶は、いつしか
それ以上に、蜘蛛を愛してしまった。
(それは、想定外のハッピーエンド)
END
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