Dark
水底の逢瀬 [黒凛]
ザザーン…ザザーン…
目を閉じても、響く潮騒。
肌に張り付くような、湿った海風。
鼻腔を突く、強い潮の香り。
停めたバイクに寄り掛かりながら、オレは、突き抜けるような蒼天を仰いだ。
「…ちょうど、一年たったぜ。りぃ。」
呟いて、懐を探る。
いつでも身に付けている、馴染んだ感触。
小さな小さな、ガラスの小瓶。
手の平におさまる小瓶の中には、
真っ白な、粉。
愛しい気持ちのままに、唇を寄せる。
「…一年だ。」
もう一度、繰り返した。
丁度、一年前の今日。
お前は、
―――白い灰に、なった。
「…雨が降ってたよな、あの日は。」
ずぶ濡れで、焼き場に現れたオレの前に静かに佇んでいたのは、アイツの父親。
分骨を頼んだオレに、無言のまま、差し出してくれた。
「…意外だったよ。絶対、断わられると思ってたからなぁ。……まぁ、そしたら奪う気だったが。」
伝わっちまったのかね、と笑いながら、掌の中におさまる、凛の欠片を見つめる。
「…なぁ、りぃ。」
語り掛けても、応えはない。
それでも、愛しい。
愛しい、あの子の欠片。
もう、この世の何処を探しても巡り合えない、あの子の遺したもの。
「…一年、生きた。……もう大分前、…お前がいた頃から決めてたんだけどな、………お前がいなくなったら、一年生きてみようと思ってた。」
愛しく思う度、
オレの中のあの子が、重さを増す度、
オレは考えるようになった。
…お前がいなくなったら、オレはどうなるんだろう、と。
生きて、いけるのか、と。
「…一年、生きれたぜ?……何とかなるモンだなぁ。」
あの子がいなくなっても、世界は普通に動いていた。
晴れもするし雨も降る。
風も吹くし、虹だって出る。
世界は、生きたまんまだ。
オレが考えていたように、時間もとまらない。
―――けれど、
「…でもなぁ、凛。……何も感じねぇんだ。」
オレの視覚が、消えたわけじゃない。
聴覚が、味覚が、触覚が、嗅覚が、消えたわけではないのに、
何を見ても、綺麗だと思えない。
何を食べても、美味いと思えない。
スクリーン越しの映像のように、
喜びも、哀しみも、痛みさえ、遠ざかる。
一年生きてみて、分かった事は、
オレは、もう
あの子のいないこの世界に、
何の意味も見いだせないという事だけ――。
「………もう、いいか?」
ジャリ、と音を立てて踏み出す。
ヒョイ、と柵を超え、前に進むと、吸い込まれそうな崖の下、眼下に広がる、青い海。
「…もう、いいよな?」
空を見上げ、笑う。
あの子はきっと、
こんな弱いオレを、知らない。
他の仲間らの事は心配しても、オレは大丈夫だって、勝手に思ってんだろ。
黒さんは、オレがいなくても大丈夫、なんて、酷ぇ事、考えてんだろ?
誰よりも、オレが一番お前を必要としている事に、気付きもしねぇで。
「…せいぜい、困れ。………馬鹿りぃ。」
これ以上、離れてなんて、やらねぇ。
例え、天国から引きずり落とす事になったとしても
――もう、二度と。
――トッ、
大地を蹴って、空に身を踊らせた。
最期に見たのは、空の蒼。
突き抜けるような、蒼。
今、お前は、そこにいるのか?
羽が無いオレは、落ちる事しかできないけれど、
待つ事くらいは、出来るぜ。
お前が、
オレのところまで、
墜ちてくる日を――。
―――水の底で、
(君を、待つ。)
END
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