Parallel
7
「馬鹿は嫌いだが、とびきりの馬鹿なら話は別だ」
極上の笑顔で告げられた言葉は、どう贔屓目に見ても誉め言葉ではなかった。
とびきりの馬鹿って、何だ。
平凡ですらなくなったと嘆くべきか、普段はどう足掻いても手に入らない『とびきり』の称号に喜ぶべきか。
恐怖と混乱でパンクしそうになりながら、オレは悩んだ。
「お前の在り方、オレは嫌いじゃない」
「……え?」
今の話の流れで、どうしてそうなった。
唖然とするオレを見て、彼は意味ありげに口角を吊り上げる。
言葉の意味を問おうとしたが、その前に彼は歩き出した。
人一人抱えているとは思えない優雅さで、かつかつと。
ど、どこ行くつもりだ、この人!?
「待て……!!」
焦ったオレが身じろぐのと同じタイミングで、叫ぶような声が背後からあがった。
振り返る事も難しい状況ながら、首を動かすと、ふらつきながらも立ち上がる人影。
「その子を、置いていけ」
声も表情も、とても辛そうだ。痛いのだろう、痛くない訳ない。
眉間に深く刻まれたシワや、腹を庇うようにあてられた手を見ているだけでも、察せる。
それなのに眼差しだけは鋭く、こちらを睥睨する目は爛々としていた。
「なゆき、さ」
「――さて」
満身創痍でありながら、まだ戦意を喪失していない。
その姿に敬服しつつも、焦りが生まれる。
今はそんな漢気いらない。オレなんか捨て置いてくれていいのに。
焦燥に駆られるまま名を呼ぼうとする声を、遮られた。
男は、殊更ゆっくりと振り返る。悠然とした動きと声は、捕食者のソレだ。
オレという荷物を抱えていても尚、ハンデにもならないと言外に告げている。
「どう殺して欲しいんだ?」
「!!」
さっきまでの微笑は、美麗な顔からそぎ落とされていた。
背筋が凍るような凍て付く視線で以て、男は名雪さんを射抜く。
「この子が捨て身で切り開いた活路を、無駄にするとは救い様がない。どう足掻いても貴様では、オレに勝てないというのに」
「ちょ、や……!」
かつこつと靴音も高らかに、男は名雪さんに向かい歩き出す。
それが意味する最悪な結末を想像し、オレは真っ青になった。
「まって!待てったら!!」
焦って肩の上で暴れるが、全く意にも解さない。オレの足掻きなんて、この男にしてみれば、あって無きが如し。
止まってくれていた事自体が、幸運だったと知る。
「この子が言ったように、犠牲とは、それによって生きるものがあって初めて成り立つ。つまり今お前がしている事は、自己満足であり、ただの自殺だ」
「……やってみないと、分かんねぇだろうが」
「分かる。お前はオレには勝てない」
躊躇いなく告げる声音には、何の色もない。驕りも蔑みも、陶酔さえも。
ただ己の中で確定している事実を、淡々と語っているだけ。
それ程に、力の差は歴然としていた。
「勇気と無謀は違う。お前はこの子が作ってくれたチャンスを有効に生かし、一旦引くべきだった。……まぁ、今更遅いか」
ヒュ、と風を切る音。
右手に持ったままだった鉄パイプを、男は一振りする。その無機質な音が殺害予告みたいに聞こえて、オレは悲鳴じみた声で叫んだ。
「駄目ぇえええ!!」
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