Parallel
3
「……ん……?」
唐突に意識が浮かび上がる。
覚醒しきらない頭で、ぼんやりとあたりを見回すが、まだ真っ暗だ。夜は明けていないらしい。
中途半端な時間に目覚めながらも、不思議と頭はクリアだ。眠気も殆どない。
何故か胸がざわついて、二度寝は出来そうになかった。
「……」
ベッドから身を起こそうとするが、何かに阻まれる。
良く見れば、逞しい腕が背後から巻き付いていてた。
肩越し振り返ると、安らかな寝息をたてる男前。どうりで暖かいと思った。
熟睡している黒さんの腕の中から抜け出して、ベッドを下りる。
サッシを開けてベランダへ出ると、中で寝ている彼を起こさぬように後ろ手ですぐに閉めた。
時計を見忘れたが、時間は3,4時ってところだろうか。
まだ辺りは真っ暗だが、空気が明け方のそれに近い。大気は冷えて澄み渡り、都心部が近いのに星が見える。
寝静まった街は無音で、キィンと耳鳴りがした。
「さむ……、……?」
掴んだ手すりの冷たさに、思わず指を擦り合せていたオレは、耳に届いた小さな音に反応し顔を上げた。
静まり返った街では、ほんの微かな音でも良く響く。
暗闇に慣れた目を凝らし、音の場所を特定しようと首をめぐらせた。
「……!」
足を引き摺って歩くような音と、こほ、と苦しそうな咳が聞こえた。
さして間を置かず、よろよろと動く人影を見つける。
一瞬酔っ払いかとも思ったが、少し様子が変だ。
壁に手を付き歩くさまは辛そうで、オレは思わず身を乗り出す。
「あっ、」
その人は、とうとう歩みを止めた。
細い路地に身を潜めるように、蹲ってしまう。
「……っ、……」
オレは迷い、背後の部屋と眼下の道路を見比べる。
一番良いのはきっと、家主に相談する事かもしれない。だが、気持ちよさそうに眠っている黒さんを起こす事は、躊躇われた。
ただの酔っ払いの可能性もゼロではないし。
オレが一人で向かうにも、合鍵を持っていない。
「……!」
そうしている間にも、蹲っていた人は、壁にぐったりと凭れてしまった。迷っている場合ではない。
窓の鍵を開けっ放しにしておくのも抵抗はあるが、一応3階だし。
オレはベランダの手すりに足をかけ、壁に固定されている雨どいに手を伸ばす。
強度が不安なので、金具の部分を掴む。
今誰かに発見されたら、確実に通報されるなと冷静に考えながら、伝い下りた。
裸足のまま、道路を駆ける。
ぺたぺたと間の抜けた音をたてながら、人影に走り寄った。
「あ、の……」
脇腹を押さえながら道端に座り込んでいる人に、おそるおそる近づく。
髪形や体形から推測するに、どうやら若い男のようだ。
緩く跳ねる髪色は、暗闇では良く見えないが赤味を帯びている気がする。
ひょろりと細身に見えるが、服の間から見える首や腕のラインは結構がっしりしていた。
「!」
暗い色を基調とした服だったから気付くのが遅れたが、滲む黒はもしかして……血!?
「大丈夫ですか!?しっかり!」
肩に触れ、耳元で呼びかける。
傷の具合も分かっていないので揺する事はせず、軽く頬を叩いた。
「…………っ、う……」
俯いた人の唇から、呻く声が洩れる。
取り敢えず、意識がある事にほっと息を吐くが、安心も出来ない。
どうしよう、病院……救急車?
「病院行けますか?肩貸しますが……無理そうなら救急車、を……」
前に廻り、顔を覗き込んだオレは、そこで息を止めた。
目を際限まで見開く。
端正で男っぽい顔立ちなのに、何故か中性的な魅力を感じるのは、いつも浮かべている飄々とした笑みのせいだろうか。
狡い大人の魅力と、残酷な子供の魅力、両方を兼ね備えた不可思議な人。
端が切れて血が滲んで痛々しい唇が、弧を描く。綺麗な形のアーモンドアイズがオレを見て、細められた。
「……みつけた」
「名雪さん……」
ぼろぼろの名雪圭吾は、オレの頬にそっと触れると、嬉しそうに笑った。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!