Parallel
2
※名雪圭吾視点です。
人間には、向き不向きというものがある。
不向きを努力で乗り越えようとする人間もいるが、オレに言わせればそんなの、時間の無駄だ。
苦手なものを頑張って上達させるよりも、資質のあるものを上達させる方が、各段に伸びるし早い。合理的だと思う。
そう理解はしている……が、合理非合理、得手不得手では分別出来ない事柄もあるのだと、最近知った。
「オレのキャラじゃないのは、充分分かってるんだけどなぁ……」
背後の壁から背中を浮かせ、一人ごちる。
よろり、と体が傾きかけるが、足を踏ん張って耐えた。
左肩と脇腹が絶えず鈍痛を訴える。骨折はしてないが、ヒビ位は入ってるんじゃないかなあと他人事のように思った。
本当、キャラじゃない。
他の奴等が汗と泥と血に塗れ苦しんでいる横を、ひょうひょうと通り過ぎるのがオレ……名雪圭吾だろう。
必死になるとか、後悔を引き摺るとか、似合わない。
分かっているのに、何故こうも無様な姿を晒しながら足掻いているのか、我が事ながら理解に苦しむ。
「何をぶつぶつ言っている」
路地裏の暗闇から現れた男は、酷く浮世離れした容姿をしていた。
白磁の肌に、通った鼻梁と薄い唇。長い睫に縁どられた、菫色の瞳。白皙の美貌は、無表情であるがゆえに、作り物めいて見えた。
しかし、女であったならば傾国を唄われそうな美貌も、本人は全く頓着していないようだ。
絹糸のような繊細で美しいシルバーブロンドも、項の辺りで適当に括られているし、芸術品の如き美貌には、擦り傷も切り傷もあった。
「あまりウロチョロするな。止めが刺せんだろう」
澄んだテノールが、物騒な言葉を淡々と語る。
カラン、と鳴った硬質な音を視線で辿れば、街灯の光を弾く鈍色の棒……鉄パイプには黒ずんだ赤い液体が、ところどころ付着していた。
「止めを刺されたくないから、ウロチョロしてるんだけど」
虚勢は承知で、口元を歪め、挑発的に笑む。
情報を求めて、敵地をこそこそと嗅ぎまわっている最中、遭遇してしまったのは、敵対チームのNO.2『白龍』
一見、虫も殺せなそうな麗人だが、その実、残虐で冷酷な男だ。
この容姿で、喧嘩時のえげつなさは、チーム内で1.2を争うとか、もういっそ詐欺だろう。
まぁ、疑う余地なんてない。数人いた仲間は、全部潰された。
手元の鉄パイプの変形具合を見る限り、物理的に。
拳で戦っても、無双状態で強いのに、獲物を使う事にも全く躊躇いがない。
殺しはしないものの、再起不能になる程度には、痛めつける。しかも無表情で。
……ああ、全く。どれだけ不運なんだよオレ。
そしていつから、こんな馬鹿になった。
もっと要領よく生きれていた筈なのに、最近のオレは、昔のオレが最も嫌っていた馬鹿に成り下がっている。
全てはあの、弱い生物に出会ってからだ。
ボスのものなのに、やけに真っ白で危なっかしくて。
護りたいなんて柄にもなく思ったのに、全く護ってやれなかった。
京ちゃんが、ボスに逆らえない事なんて知っていたし。
しずちゃんが、虎視眈々と狙っているのも知っていた。
そしてボスが、素直に大切に出来る訳ないって事も。
単純なる消去法で、オレが傍にいてやるべきだったのに……消えてから後悔するなんて、オレは本当、大馬鹿だ。
そうして何処を探してもいない迷い猫を探して、オレは今ここにいる。
手掛かりなんて全くないが、ただの野生の勘だ。
それに、理由なんて後付でどうにでもなるもんなんだよ。
「つーか、アンタがこうやって執拗に追い掛け回すって事は、ビンゴだと思っていいのかね?」
瞳に力をこめる。僅かな違和感も見逃さないように凝視するが、白龍は表情を変えなかった。
まばたき、一つ。彼は無表情のまま言い放つ。
「縄張りに潜り込んだ鼠を排除するのに、一々理由が必要か?」
「……サヨウデスカ」
本格的に逃げなければヤバそうだ。
出来れば迷子の子猫も保護したかったんだが……。
「ほんと、何処いっちゃったんだよ」
呟きは、夜気に紛れて消えていった。
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