Parallel
1
ぬるま湯のような、空間だった。
頬を、大きな手が撫でる。
壊れ物を扱うような柔らかな手付きが、少しだけくすぐったくて。オレはぼんやりと瞼を押し上げた。
室内は灯りをつけていないのか、真っ暗だ。
窓から差し込む月光が、明るくみえる程に。
「…………」
なんて静かなんだろう。
開けっ放しにしている窓からは、温い夜風は吹き込んでも、音は殆ど入ってこない。
この辺りは、住んでいる人間は多くとも、夜間に活動する人間は少ない。
飲食店もあまりなく、夜になると人気は途絶え、さながらゴーストタウンのようだ。
聞こえる音といえば、時折遠くから響く電車の音、それから――
……♪、……♪……
甘い低音が奏でる、鼻歌だけ。
大きなベッドの上、隣接する壁に背を預け座る彼は、片膝の上に乗せたオレの頭を、戯れのように撫でた。
長い指は、オレの髪を梳いたり、耳の裏や頬を行き来する。
まるで犬猫を構うような仕草は、厭らしさは全く感じさせない。
夢と現の狭間のような、朧げで曖昧で、けれど濃密な時間。
何故だろう。繋がれている訳でもないのに、捕まっている様な錯覚を覚えるのは。
とろり、と満ちた糖蜜のような空気が、時折酷く甘い毒のようにも思えるのは。
居心地の良い空間は、砂糖で出来た蟻地獄のようだ。
這い出す気力さえ獲物から奪い、絡め取る。
「……」
無意味に天井に向けて伸ばした手は、途中で大きな手にやんわりと握り込まれた。
指と指が絡む。上から覗き込んだ夜色の瞳は、オレを映して優しく細められる。
「もう少し、寝とけ」
巣にかかった獲物は、抗う事なく、従順に頷いて瞳を閉じた。
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