Parallel
7
やがてやってきたケルベロスの連中を囲い込み、追い詰める過程で、隊を率いているのが副総長の志藤静である事に気付き、オレは小さく息を吐き出した。
誰が相手でも覚悟は出来ているが、極力、名雪さんとは戦いたくない。
御門とは決別宣言をしてあるし、日下部さんは御門の為ならば、手加減無しでオレを潰しにくる筈だから、こちらも躊躇わずにすむ。
でも名雪さんは、オレをいつも助けてくれた。気遣ってくれた。
いくら御門の命令があったとはいえ、ボロボロになってまでオレを探してくれた人に拳を振り上げるのは、やっぱり辛い。
追い詰めた相手が、大して思い入れもない……寧ろ苦手な括りに入る志藤さんであった事に、安堵を覚えるオレは、かなりの外道だろう。
「志藤じゃねえか。アイツが罠にかけられるとか、笑えるわ」
白虎さんは下を見つめ、低く呟く。
相性悪そうだな、と思ってはいたが、本当に悪いらしい。浮かべる笑みが、さっきの倍は凶悪になった。
「助けろ、とか言わねぇよな」
「言う訳ないでしょう」
試すような目を向けてくる白虎さんの言葉を、即座に切り捨てた。
「自分で罠にかけたのに助けろとか、貴方の中でのオレは、どんだけ阿呆なんですか」
自分の部下でもない人達を預かり、駒のように使った上で、敵も助けろなんて口が裂けても言えるものか。
そんなの、己の不幸に酔っているだけだ。お門違いなヒロイズムに浸るような趣味は、持ち合わせていない。
使えない阿呆になるより、使える下種になる事を、オレは決めたのだから。
「いーや。クズだが阿呆じゃねえのは知ってる」
今までとは違う種類の笑みを浮かべた白虎さんは、満足げに頷いてから、手すりに手をかけた。
じゃあ、軽く潰してくるわと言い残し、大柄な体が闇に消える。
「…………」
残されたオレは、錆びた手すりに凭れかかり、目を瞑る。
「……言える訳、ないでしょうが」
掠れた声で呟いたオレの脳裏に、あの日の光景が蘇る。
御門が、オレの元へと来た日の朝。決別を告げ、部屋へ戻ったオレは、横から伸びて来た腕に腰を浚われた。
咄嗟に何が起こったのか分からずに呆然とするオレを放置し、彼は背後から、きつくオレを抱き締める。
誰の腕かなんて、馬鹿馬鹿しい問いだ。部屋の中にいるのは、一人だけなんだから。
「くろ、さん……?」
力を加減していない腕の中は、正直痛い。息を吸うのがやっとな状況で、オレは彼を呼ぶ。
だが黒さんはオレの肩口に顔を埋めたまま動かず、表情は見えない。
「黒さん……どうしたの」
短い期間しか一緒にいないが、余裕のある彼しか知らないオレは、戸惑った。こんな必死に縋る彼は、知らない。
どうしたらいいんだろう。彼の事を何も知らないオレは、途方に暮れる他なかった。
「どっか、痛い?辛いの?」
でも分からなくとも、彼の助けになりたい。
憂いがあるなら取り除きたいし、出来る事なら何でもしたい。
オレは、彼が好きだ。
御門へのドロドロの恋情とは種類が違うが、執着しているし、依存している自覚もある。
家族や友達に向けるようなものに似ていながら、全くの別種。ある意味、信仰に一番近いかもしれない。
「オレがしてあげられる事はない?」
子供をあやすような声で語り掛け、抱き締める腕をそっと擦る。
根気強く続けて、暫くした頃、僅かに力が緩んだ。腕を外させる事なく、己の体を反転させる。正面から向き合い、下から黒さんの顔を覗き込んだ。
「……凛」
掠れた声がオレを呼ぶ。
それは、哀願するような響きをもって、オレの中に染み込んできた。
「……くろ、さん……」
呆然と、彼を呼んだ。
そうする以外に、出来無かった。
何故なら覗き込んだ彼の目に、かつての己と同じ色を見たから。
鏡の中のオレの目と、同じ。
欲しくて欲しくて、どうしようもなくて。
狂いたくても狂えず、憎みたくとも憎めない。
たった一人だけを請う、一途で哀しい狂気を、黒さんの目に見つけてしまった。
「…………」
嘘でしょう。
そんな、貴方がオレなんかに……そんな訳ない。
勘違いであって欲しいと願いながらも、否定する要素は何処にもなく。
そっと彼の頬に伸ばした手に、黒さんは自分の手を重ねた。
「……アイツんとこに、行っちまうかと思った」
ああ、どうか。
そんな絞り出すような声で言わないで。
貴方はオレなんかに、捕らわれていい人じゃない。ロクデナシに惚れてクズに成り果てたオレなんか、止めて。
オレは、貴方に何も返せないのに。
貴方が欲しがっているものは、何だってあげたいのに。
唯一それだけは、貴方にあげられないんだ。
「りん……、凛」
何処へも行くな。
その懇願を聞いた瞬間、オレは決めた。
何も返せないなら、この人以外、全部捨てよう。
与えられる全てを受け止め、それ以外を排除しよう。
黒さんだけ見て、黒さんの傍にいて、黒さんだけの為に生きよう。
同じ想いを返せないくせに、手を離してもあげられない、オレに出来るたった一つの事。
オレの――贖罪。
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