Parallel
6
「来たぞ」
白虎さんの呟きに、下を見る。
身を乗り出せば、餌役をお願いしたメンバーが、眼下でひらりと手を振っていた。
首尾は上々。
撒き餌のように、少数で散らばっていた隊の一つに、番犬が食い付いたと報告が入ったのは三十分前。
続け様にもう一つ、更に一つと連続ヒット。
追い立てられるフリで合流し、更に奥へと誘う。
焦っては駄目。
囲い込む網に、気付かせては駄目。追い立てる犬を血で誘い込んで、最後の一人の背後で、袋の口を閉めるまで。
「行くか?」
「まだです。最奥まで誘い込まなくては意味がない」
血気盛んな白虎さんは、争いの予感にじっとしていられないのか、落ち着きなく問う。
まだだ、と言葉と視線で押さえた。
すると彼は何がおかしいのか、喉を鳴らして笑う。大きく開いた唇から犬歯が覗き、まるで獣が威嚇しているようだと頭の片隅で思った。
「しっかし、お前。本当、極端だよなぁ」
「……極端、ですか?」
視線を眼下に向けたまま、会話を続ける。
彼の笑いと言葉の意味が、まるで分からなかった。オレの何が、極端だと言うのか。
ひょい、と手すりに腰かけた男は、オレを見下ろす。
雲間から姿を現した月光を受け、白い髪がきらきらと銀色に輝いた。
「潔すぎるんだよ。普通の人間は、仲間だった奴と戦う事になったら、もう少し躊躇する」
「……貴方に普通の定義を教えてもらう事になるとは、思いませんでした」
「うるせえ。茶化すな」
乱暴な口調だが、彼は声を荒げたりはしなかった。
至極楽しそうな様子のまま、オレを見て笑う。
「あちらから攻めて来たんだ。正当防衛ってヤツですよ」
「お前を取り返そうとしている奴等相手に、よくぞ正当防衛なんて言葉を使えたな。自分に好意を向けてくる相手に、牙を剥いたんだよ。お前は」
「……知ってます」
現実を突き付ける、血色の瞳。
それを真っ直ぐに見つめ返しながら、オレは告げた。
「オレの根性が捻じ曲がっていて、人間として最低のクソ野郎だって事くらい、分かってんですよ」
でも、それが何だって言うんです、と。
自棄クソ気味に、吐き出した。
「どう足掻いてもどっちかしか、選べないんだ。だったら出来るだけ早く、決断した方がマシでしょう。迷って悩めば両方護れるなら、そうしますよ。でも違う。迷った分だけ色んなものが、掌から零れ落ちるだけだ」
オレは、黒さんの手を掴んだ。それに伴う色んなものを、あの人に被らせたんだ。
それなのに自分だけ悲劇のヒーロー気分で泣いて、悩む資格なんてある訳ない。
「最低最悪のクソ野郎なりに、通すべき道理くらい弁えてんですよ」
「っく、ははは!」
「!?」
オレがキレ気味に吐き捨てると、白虎さんは弾けるように笑った。
騒ぎに気付かれては不味いので、慌てて彼の口を両手で塞ぐ。彼は何がそんなに面白いのか、口を塞がれながらも肩を揺らす。呼気が掌にあたってくすぐったい。
「……一体、何なんです」
一頻り笑った白虎さんは、オレの手を外すと、肩越しに振り返る。覗き込んで来る瞳が、暗闇の獣のようにギラリと光った。
「やっぱ、お前良いな。傍にいると退屈しねえわ」
それは誉めているんですか、と問う気も失せる。
ため息を吐き出したオレを見て、彼は楽しそうに目を細めた。
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