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Parallel
5


 ビルの屋上で、錆び付いた落下防止フェンスに指を掛ける。
 触れた場所からボロボロと、塗装が剥がれ落ちてコンクリートの床に落ちた。体重をかけると、きぃ、と悲鳴のような音をあげて軋む。
 

 身を乗り出したオレの眼下には、光に溢れ、未だ眠らない街が広がっていた。
 

「おい」


 どれ位そうしていただろうか。
 背後から、低い声がかけられる。


 肩越し振り返れば、出入口に近い場所に一人、男が立っていた。白髪赤目という派手な外見の男は、ポケットに手を突っ込んだまま、此方へと歩いてくる。


 待たせた自覚はあったので、怒らせてしまったとも思ったが、不機嫌そうな様子もなく。
 オレの隣に並び、何故かオレと同じように下を覗いた。


「……どうしました?白虎さん」

「いや。ずっと眺めてっから、面白いもんでも見えんのかと思った」


 沈黙に耐えきれずに問えば、シンプルな答えが返ってきた。
 子供みたいな感想を述べ、小首を傾げる仕草が不思議と可愛く見える。一睨みされただけで失禁してしまいそうな恐ろしい外見に相応しく、とても気性が荒いと聞いていたんだけど。

 実際、初対面の時には怖かった。
 殺すぞ、と凄む彼は迫力満点で、このまま重石つけて海に投げ込まれるのかなぁって、我が身を憂いてしまう位には、シャレにならなかった筈なのだが。


 彼のオレへの対応は、変わった。
 時間を経た訳でも、劇的な展開があったのでもない。こうして会うのだって、たった三度目。
 いくら黒さんが連れて来たとはいえ、敵サイドだったオレをすぐに信用出来る筈もない。
 実際、オレを疑っている人は多い。


どうして彼が、オレを受け入れたのか。答えは未だ、手に入ってはいない。


「面白くはありませんよ。クセみたいなもんです」

「妙なクセだな」


 正直に話せば、彼は眉間にシワを寄せる。
 分かり易く『不可解』だと示す表情に、オレは笑みを返した。分からなくていいと思う。意外に真っ直ぐな気性を持つ彼は、捻じ曲がって歪んだオレの気持ちなんて、一生理解出来無くていい。


「ところで、首尾はどうですか」

『順調や』


 オレの問いに答えたのは、目の前の白虎さんではなく、イヤホン越しの声だった。


『追い回されとる憐れな子ネズミは、君らんとこ目指しとる。 囮役は、犬が見失わんよう、ゆーっくりとな』


 くっと、喉を鳴らす音がした。
 きっと彼……朱雀さんは今、ディスプレイの前で酷く愉しそうに笑っているだろう。赤銅色の目に愉悦を浮かべ、口角を吊り上げて。


 子ネズミと称したのは、《陰/陽》のメンバー。己の仲間だと言うのに、どこまでも楽しそうな様子に悪趣味だと思わなくもない。が、作戦をたてた自分自身が一番悪趣味である事は理解しているので、口には出さなかった。


「ここからだと、状況が見え辛い。隣の低いビルへ移りましょう」

「おう」


 外付けの非常階段に向かい歩き出す。
 年代物の階段は、長年晒された風雨によって、大分脆くなっていた。勢いよく踏めば、そのまま突き破って落下しそうな危うさがある。流石、取り壊し寸前なだけある。


「おい」

「はい?」


 かん、こん、と単調な足音を鳴らしながら下りているオレは、呼び止められて、踊り場で足を止めた。
 悠々とした足取りの白虎さんは、『こっち』と指差す。


 そっちは空中ですが、何か?


「行くぞ」

「……は」


 踊り場の手すりに足を掛け、白虎さんはオレの手を引く。
あまりにも自然体で誘うものだから抵抗も忘れ、一歩踏み出したオレの足を受け止めたのは、空気ではなく、古びた板だった。


 階段を5階分降ると、隣の屋上と同じ高さになるらしい。
 上がって来る時に掛けといた、と呟く白虎さんは、全く気にした風もないが、凄い怖い。外付け階段の手すり同様、板も大分年代物で、歩く度に軋む。


 おそらく折れたところで、どうにでもなる身体能力を持っているからこそ、白虎さんは平然としていられるんだろうが、オレは普通に落ちるからね。そんでたぶん、死ぬからね。


 顔色を失くしつつも、なんとか渡り終え、三階建てのビルの屋上の上、オレは長い息を吐き出した。


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