Parallel
2
「ボロボロになってまで迎えに来てくれた名雪さんには、本当に申し訳ないと思うけど……言っておいて。もう、迎えには来ないで下さいって」
「オレには?」
「アンタは擦り傷一つ負ってないだろ」
綺麗な顔に、揶揄するような笑みを浮かべる男に、べ、と舌を出した。
こんな時まで余裕たっぷりな態度が、憎たらしい。
縋れとは言わないけれど、声を荒げるくらい、してくれたっていいのに。
まぁ、そんな御門は、想像もつかないけどね。
御門暁良に、執着なんて似合わない。
分かっていてオレは、傍にいた。有限でいいから求めて欲しいと、願ったのはオレ。そして、約束を破ったのも、オレだ。
無様に縋って、不相応にも欲張って。
醜態を晒しまくったオレが、今更何をしたって恰好付かないけれど。
せめて最後の幕引きくらいは、自分の手で。
「……迎えに来てくれて、嬉しかった」
見つめる先、珍しくも一瞬、御門が驚きの表情を浮かべる。
オレが素直って、そんなにも珍しいかな。
「でもオレはもう、アンタの傍には居られない」
「凛」
「オレ、欲張りになったんだ。アンタの部屋に閉じ籠って、アンタが気が向いた時にだけ愛でられる愛玩動物じゃ、我慢できない」
気紛れに与えられる一欠けらなんか、いらない。
全部じゃないなら、意味なんてない。
「そんなもの、もういらないんだ」
どうせ逃げ出すんなら、中途半端はもう止めよう。
帰る場所なんて残さずに、徹底的に砕こう。
いつか全て手に入るんじゃないか、なんて虚しい夢想は捨てろ。与えられるものに満足するな。
生きると決めたのなら全部、ここで捨てて行こう。
「今この時から、オレはアンタの反対側に回る。誰に強制もされずに、オレはオレの意志で、アンタへ牙を剥く」
静かな声で、オレは宣言する。
迷いを振り切り、背筋を伸ばして男と対峙した。
眼下の男は鋭く目を眇めたが、不思議と怯えは無かった。
「憐れみも手加減も無用。……といっても、アンタがそんな事、する訳ないけどね。何時も通りでいいよ。不要になった玩具は処分すればいい。恩も忘れて手を噛みに来た獣は、叩き潰せばいい」
「……本気か」
「勿論」
問いに、即座に頷いた。
こんな性質の悪い冗談を言う程、いかれてないよ。
出来るだけ軽く見えるように、笑って手を振る。
真っ直ぐに向けられる青い瞳を見つめ返し、オレは告げた。
「さよなら」
未練を断ち切るように、くるりと背を向ける。
これ以上の問答は無用だと、さっさと中に引っ込もうとしたオレの背に、声がかけられた。
「はいそうですかって、納得すると思ってんのか」
低い声音は、荒げられてはいない。
けれどどこか、苛立ちのようなものが含まれているように感じた。
もしかしたら、オレの願望かもしれないけれど。
「……無駄足を踏ませて悪かったけど、納得してよ。これ以上はきっと、アンタの大嫌いな面倒事になるよ」
「うるせえ」
背中を向けたままの強がりは、即座に叩き伏せられた。
「もうとっくに、面倒な事態になってんだよ。それ位、分かれ」
「……」
そうだ。
アンタに言われずとも分かっている。
自らの足で、オレを迎えに来た事自体が、異常だ。
当初の関係は既に崩れ去っているのに、御門はまだオレの手を掴もうとしている。それだけでも、奇跡のような事なのに。
けれど貪欲なオレは、それ以上を望む。
「勝手に、何処へなりとも逃げればいい。オレが憎いなら、反抗しろ。殺す気でかかって来ても構わない」
「……」
「ただし、オレも勝手にする。お前が何処へ逃げようとも、捕まえて鎖に繋ぐ。何度逃げようとも連れ帰ってやるよ」
「……っ!」
淡々と告げる言葉に、息を止められそうになった。
何だ、それ。何なんだよ、それ。
まるで歪な、愛の告白みたいじゃないか。
「オレから、逃げれると思うな」
「!」
捨て台詞を告げ、御門は歩き出す。
かつこつと響く足音が、だんだんと遠ざかる。
金縛りのように動けなくなっていたオレは、窓ガラスにごつんと額を押し付ける。
「……なんだよ、ソレ」
情けなく洩れた声は、ガラスを一瞬白く曇らせて、すぐに消えた。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!