Parallel
8
オレの叫びが虚しく響いた次の瞬間。
衝撃を受けて、ガクンと体が揺れた。
「っ、」
腹から伝わった衝撃は、さして大きなものではない。
けれど致命傷を負ったかのように、オレは息を詰めた。
早鐘を打つ鼓動に比例して、全身を血が駆け巡る。
ガンガンと耳鳴りが酷く、頭が割れそうに痛んだ。
事態を把握しろと頭が命ずるのに、体が拒む。
今の衝撃が何によってもたらされたのかなんて、知りたくないと、心が叫んでいた。
「……」
なんて、無様な。
脆弱で卑怯で優柔不断で、流される事でしか生きられない。
そんなオレが、誰かを守ろうなんて笑い草だ。
盾にさえならない。精一杯腕を広げても、オレのちっぽけな体じゃ、誰一人守れないのだと、思い知った。
中途半端に逃げながら生きてきた結果が、これだ。
オレは何も守れない。誰も救えない。
何も、変える事が出来ない。
何も――、
「……なにしてやがる。白」
「……っ?」
声が、した。
後悔に押し潰され、思考を放棄しかけていたオレの耳に滑り込んだのは、低い声音だった。
淡々とした口調でありながらも激しい怒りを内包したような、威圧感のある低音に、思わず顔をあげる。
体を捻り、振り返った先で見た光景に、オレは目を瞠った。
男が振り下ろした鉄パイプは、途中で受け止められていた。名雪さんによってではなく、ここ最近で見慣れてきた、彼の手で。
「あ……」
くせのある髪と、鋭い光を宿す瞳は、混じりけのない黒。
日本人としては最もポピュラーな色な筈なのに、彼が纏うと何故か、特別な色となる。
影の色。墨の色。
死者を送る、別れの色。
眠りを守る夜の色。
決して何物にも侵されぬ、至高の色。
「くろ、さっ……!」
声が掠れる。
「うちの猫、泣かせてんじゃねえ」
恫喝した訳でもないのに、思わず竦み上がる低い声音。
一瞥されただけで呼吸が止まる、鋭い眼光。
一見熱く見えずとも高温で燃え盛る青白い炎のように、彼は静かな怒気を纏っていた。
その姿は例えるならば、抜き身の日本刀。恐ろしくも、目を逸らす事の出来ない妖しい美しさがある。
「黒さん……っ」
怖い、筈だ。
怖がらなければ、生き物として失格。弱いくせに生存本能が欠けているなんて、致命的過ぎる。
それなのにオレは、安堵に、体中の力が抜けそうになった。
ほんの十数日前に会ったばかりの人なのに、誤魔化しようもない位オレは、彼に寄り掛かっている。
姿を見ただけで、張り詰めていたものが、解けてしまいそうな程に。
どうかしている。
信頼関係なんて、当然ない。
情は湧いても、忠誠や親愛と名付けるには軽すぎる。なんせ一緒にいた時間は、一月にも満たないのだから。
それなのにオレは、間違いなく彼に、依存していた。
「……凛」
受け止めていた鉄パイプを引き抜いて、遠くへ放る。
彼以外誰も動けない空間に、カランカランと硬質な音が響いた。
此方へ向かってきた彼は、オレの顔へと手を伸ばす。
至近距離でかち合った目が、優しく細められた。
「ああ、ほら。泣くな」
泣いていない。そう言いたいのに、声が喉の奥で詰まる。
頬を撫でた指が、雫を掬い上げた。
「っ、」
優しい手と甘やかす笑顔に、力が抜けた。
まるで、遅行性の毒が体の中をゆっくりと巡るように、一つ、ひとつと、思考が奪われていく。
頭の片隅で、何かが警鐘を鳴らした気がしたが、深く考える事が出来ない。
居心地悪い肩の上から、オレを抱き上げた手が、考えなくてもいいとばかりに頭を撫でた。
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