Under
7
「じゃあ、あの子はお前の婚約者じゃないんだ」
「婚約者でも恋人でもない。敢えて言うなら、友人の一人だな」
話し合った結果、お互いの誤解が解けた。
あんなに悩む原因となった美人の彼女は、どうやら、単に気が合う友人だったらしい。しかも、彼女の好みは年上……それも最低10歳は離れていなければ圏外。
奥さんと死に別れた教授(42歳)が、現在の彼女の片想いする相手だそうだ。
悩んで損した、と呟けば、志摩は嬉しそうに笑った。
「妬いてくれたのか?」
「やっ……やいて、なんか……」
ぼそぼそと力なく否定しても、効果はないと自分でも分かる。
でもしょうがない。だって、どう考えても妬いていた。
赤くなった顔を隠すために俯く。
「……みつ」
「!? ちょ、おま、何してんの!?」
突然重みを感じ、弾かれたように顔を上げると、至近距離に志摩の顔があった。
驚きに目を見開いているオレの太ももを、大きな手がスルリと撫でる。
抵抗しようにも、手は未だ拘束されたまま。下半身も露出されたまま。
あれ……もしかして、ピンチだったりするのか、コレ……。
「このままじゃ、蜜もオレも、辛いだろう?」
「いや御構いなく!! 解いてくれれば自分で処理するし!」
「そう、つれない事を言うな」
「ふざけ……ぅんあっ!!」
飄々と言ってのけた男前は、再びオレの後孔に指を埋め込む。
ローションの滑りを利用し、勢いよく二本呑み込まされ、嬌声めいた悲鳴があがった。
痛みというより衝撃と不快感に、オレの目尻に溜まっていた涙が、ほろりと頬を滑り落ちた。
短い呼吸を繰り返すオレのコメカミに、志摩は唇を押し付ける。宥めるような軽いキスが、額や頬、鼻の頭に降り注いだ。
誤魔化されねえぞ、この野郎。
百歩、否、万歩譲って、慰め合うならまだ納得出来る。互いに互いのものを、しごけばいいだけの話じゃないか。
何でオレの尻に指突っ込む必要があるんだよ!!
「っや、ああ、っは、やめ、しま……っ!」
志摩はオレの中を解すように、バラバラに指を動かす。
その不快感に耐えきれなくて、拒絶する言葉を繰り返しながら、顔を背ける。
だが志摩は、そんな微かな抵抗を封じる様に頬を手で包み込む。指先がゆるりと輪郭を辿り、唇にそっと触れる。
愛しむような、優しい手付きだった。
「みつ」
甘い声に呼ばれ、顔を上げる。
生理的な涙にぼやけた視界の中、間近にある志摩の顔が、切なげに歪められた。
「蜜……オレを、拒むな」
まるで、縋りつくような声だった。
希う熱を孕んだ瞳に、呆然としたオレが映る。
「まだ、同じ想いじゃなくていい。お前がオレを隣においてくれる限り、いくらでも待てる。……だが、今だけ。今夜だけでいいから、どうかオレのものになって欲しい」
「……志摩」
ぐ、と後孔に何かが押し当てられる。
息を詰める前に、熱の塊が体の中へと押し入って来た。
「っひ、ぁ、あああああああっ……!!」
一気に体を刺し貫かれ、背筋が弓なりに撓った。衝撃に、目の裏で星が散る。
逃げたくても、かき抱かれて逃れる事も出来ない。
熱い、痛い、苦しい。
小さな振動さえ辛くて、息も満足に吸えない。
さっきまでの指なんて、目じゃない。堪えられずに絶叫が、口から洩れた。
「みつ……っ」
「っひう、あ…あああ」
ボロボロとガキみたいに泣き出すオレを見て慌てているのか、志摩の焦ったような声が聞こえた。
「痛い、よな……っ、すまない」
志摩も苦しいのか、途切れ途切れの声で謝罪する。
「すまない、ごめん、蜜、蜜」
謝るくらいならヤるんじゃねえよ馬鹿!!
そう叫んで殴りとばしてやりたいけど、出来ない。初めて味わう類の痛みに翻弄され、オレはマトモな言葉も紡げない。
何処をどうしたら痛みから逃れられるのか、自分の体なのに全く分からなかった。
「みつ」
ああ、もう。
そんな馬鹿みたいに何度も呼ぶな。
大丈夫だから。
大丈夫じゃないけど大丈夫だから。
そんな泣きそうな顔するんじゃねえよ、大馬鹿野郎。
「……し、ま」
情けない顔した志摩に顔を摺り寄せ、額をくっ付ける。
大きく見開いた志摩の目に、不格好な笑みを浮かべるオレが映った。
ぱちりと、長い睫が瞬く。
志摩は大きく息を吸いこみ、オレを真っ直ぐに見つめた。
「好きだ」
「!」
一瞬、呼吸が止まった。
思わず身を引いたオレを逃がすまいと、抱き寄せられる。鼻の頭が触れあう程、至近距離にある志摩の顔は、見た事もないくらい、真剣そのもの。
「好きだ、蜜」
熱い吐息が、唇を掠める。ぞくりと背筋に、甘い痺れが走った。
「お前が、世界で一番好きだ」
「…………っ」
胸が、ぎゅうっと締め付けられるように痛む。
志摩の目に宿る熱を移されたみたいに、体の熱が急激に上がる。触れた場所から溶け合ってしまいそうだと思った。
「っあ……っ!?」
志摩のものが、ゆっくりと押し入ってくる。体の力が良い具合に抜けていたのか、痛みは薄れた。
無痛とはいかないが、耐えられない痛みじゃない。
ただし、強烈な異物感は拭えず、小さく息を吐き出して不快感を逃がした。
「みつ」
かなり時間をかけて馴染ませた志摩は、オレを抱き締めて、『全部入ったぞ』と嬉しそうに笑う。
怒る気力もなく、逆に何か笑えてきた。
良かったね、とか子供をあやすように言ったら怒るだろうか。
ほんと、何やってんだろ、オレら。
「蜜、辛くないか?」
辛くないと思ってんのかね、この阿呆は。
笑って、首を軽く横に振る。
「お前なら、いいよ」
「っ……!!」
愕然とした志摩に、オレは笑いがこぼれた。
何で今更、そんな驚いてんの。
お前がオレを大切だと思ってくれるように、オレもお前が大切なんだよ。
一生誰にも捧げる予定なんぞなかったバックバージンをくれてやっても、まあいっかと思える程度には。
オレもお前が、好きだよ。
「蜜……好きだ」
「うん」
泣き笑うみたいな顔をして、志摩はオレを抱き締めた。
そのまま熱情をぶつけるように、揺さぶられ、突かれ、オレはあっさりと意識を手放した。いや、情けないとか言わないで欲しい。
受け入れる側のダメージは、かなり深刻なんだよ、うん。
翌日の昼過ぎに目を覚ましたオレが、一番最初に目に映したのは、幸せオーラを振り撒いた男前の笑顔。
起き上がると途端に襲う激しい全身の痛みに、思わず志摩を睨み付けるが、奴は照れ臭そうな顔で、嬉しそうに笑うだけだ。
明日の昼飯だけで許されるなよ。
そう、恨みがましく言ったオレに、志摩は幸せそうな顔で頷いた。
「明日といわず、一生、面倒見させて欲しい」
甘い声音で紡がれた甘い言葉に、オレは呆れ交じりのため息を吐き出した。
なあ、志摩さんや。
世界はそれをプロポーズと呼ぶんだぜ。
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