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「っ……!?」

 圧し掛かっていた背の重みが消え、オレは目を瞠る。
 一瞬、終わりかと希望を抱きかけたが、すぐに潰えた。志摩はオレを、軽々と肩に担いだ。荷物のように持ち上げられ、そのまま歩き始める。

 寝室の扉を開き、ベッドに放り出された。
 衝撃に瞑っていた目を開ける。志摩は、半分脱げかかっていたオレのシャツをたくし上げ、手首を縛るように結び、ベッドヘッドに括りつけた。
 余りにも手際がよく、ろくな抵抗も出来ないまま、オレは自由を奪われた。

「…………」

 逃げられない。
 改めて思い知ると、背筋が凍るような恐怖がひたひたと押し寄せる。自由を奪われるというのは、こんなにも心許ないものかと。

「……何で」

 絞り出した声は、掠れていた。

「なんで、こんな事すんの」

 中途半端に投げ出された体は、終わりを求めて疼いている。
 気を抜けば腰が揺れそうになる。だがそんな無様な姿を晒すくらいなら、死んでやると思った。僅かに残った矜持をかき集め、冷静を装う。おっ勃てておきながら、冷静もクソもないと我が事ながら、笑いそうになったが。

「オレに怒ってんだとしても、こんなの違うだろ。男を押さえ付けて、従わせて、それで何が残る?お前だって冷静になれば、分かるだろ。男と過ちを犯して、お前の経歴に傷を付けるなんて馬鹿馬鹿しい……」

 クローゼットの前に佇む志摩は、捲し立てるオレを黙って見つめていた。
 心を動かせられなかったのは、冷えた彼の目をみれば分かる。今更何だと言いたげな表情で志摩は、オレの戯言を一笑に付した。
 ガサゴゾと雑な手付きでクローゼットを漁り、奥底から引っ張り上げた袋を逆さにして、荷物をフローリングの床に投げ出す。

「お前にはオレが、衝動的に過ちを犯しているように見えるのか」

 ひとつ、ふたつ、みっつ。その中から適当に拾い上げた志摩は、広いベッドの端に、それを投げた。オレに見える位置に転がされた物体を見て、オレは目を見開く。
 そんなオレを見て志摩は、とても楽しそうに、喉を鳴らして笑った。

「冷静になれば、間違いだって分かる?……笑わせるな。お前が親友だと信じていた男は、毎夜、お前を犯す夢想に浸り、そんなものを買いあさるような下種なんだよ」

 ボトルの中に揺らぐ、薄いピンク色の液体。可愛らしい字体でラブローションと書かれている。白いシンプルなパッケージのコンドームに、薬用の軟膏。
 浅い知識でも分かる。それが一体、何に必要な物なのか。

「志摩っ!!」

 ベッドに乗り上げた志摩は、オレのジーンズに手を掛け、下着ごと足から引き抜いた。
 下半身が外気に晒され、鳥肌が立つ。未だ萎えきらず、半勃ちになっている己のペニスが恥ずかしくて、隠す為に足を閉じようとした。
 だが志摩は、ひょいとオレの足首を掴んで開く。体を両足の間に割り込まれ、もう閉じる事もかなわない。

 ばたつく足を押さえながら、志摩はローションのキャップを歯で押し上げた。

「うぁ、っ!?」

 下半身に垂らされた液体の冷たさに、思わず声が出る。どろりと滴る粘液が気持ち悪い。

ローションを纏った志摩の指が、後孔を撫で、オレは息を詰めた。まさか、本当にそこを使う気かと、血の気が引く。

「……本当に、お前」

 出来るのかとは、怖くて聞けなかった。
 だが青い顔で呆然とするオレに、問いの続きを理解したのか、志摩は自嘲するように唇を弧の字に歪めた。

「!」

 オレの太ももに、志摩は己の腰を押し付ける。
 そこは明確な熱を持ち、形を成していた。自分に必死なオレは気付かなかったが、見れば志摩のものも、窮屈そうにズボンの前を押し上げている。
 愚問だろ、と志摩は、嗤った。

「いい加減、理解しろ。オレは、お前に欲情している。これからオレは、お前を抱くんだ」

「……っ!」

 志摩の目が、オレを射抜く。
 一言一言区切って告げられた言葉と、その目が、志摩の決意をオレに伝えた。何があっても揺らがないと、揺らぐものかと宣言され、オレは激しく動揺した。

 がちゃがちゃと、繋がれた手を揺らす。外そうともがく程に、絡まってしまう悪循環。だが、混乱を極めたオレの頭は、冷静な判断が下せなかった。
 兎に角逃げなくてはと、体を捻って逃れる。

「逃がすと思うのか」

「嫌だ!嫌だ、志摩!!」

「諦めろ」

 背後から抱き締められ、抵抗を封じられたオレは、カッとなって叫んだ。

「諦められるか!!」

 冗談じゃないと、泣き出したい気分だった。
 このままなし崩しに抱かれたとしたら、オレ達はいったいどうなる?

「お前にとってオレは、そんなちっぽけな存在なのかよ……!!」

「……何だと?」

 吐き捨てるように叫ぶ。すると一瞬の間をあけ、志摩が低く呟いた。

「今、なんと言った」

 オレを覗き込む志摩は、明確な怒気を纏っていた。鋭い視線と糾弾する低い声音。だがオレは、怯えもせずに突っかかる。

「お前にとってのオレが、取るに足らないちっぽけな存在なのかと聞いたんだよ!!」

「ふざけるな!!」

「お前がふざけんな!!」

 志摩は何が気に食わないのか、激昂していた。
 しかし引けないオレは、同じだけの声量で怒鳴り返す。

「一時の衝動で抱いて、何になる!?出して満足したら切り捨てられて、オレはお前の記憶から、過去の汚点として処理されんのかよ!そんな、その程度のものか。お前が嫁さん貰って子供が出来ても、祝う事も許されない、そんな風に切り捨てられるような、小さな存在なのかよ……!!」

「……蜜?」

 戸惑う声で、志摩はオレを呼んだ。
 家に帰ってきてから初めて、いつもの志摩の欠片を見つけた気がした。困惑した顔は、オレの好きな志摩だ。大切な、たった一人の親友の。

「何年も先の未来に、お前の隣を望んじゃ駄目か?……こんな風に、駄目になって終わりにするんじゃなくて、少し離れてもいいから、ずっと、爺さんになっても、お前の傍にいたいと思うのは、オレの一方的な我儘か」

「…………」

 志摩の目が、際限まで見開かれる。
 みつ、と綴る唇は、声にならず。彼は長い間、固まっていた。

「そばに……」

 ぽつり。
 呟いた声は、志摩のものとは思えないほど、弱く小さい。

「傍に居たいと、願ってくれるのか」

 大きな掌が、頬を辿る。震える指先が、彼の受けた衝撃の大きさを、如実に語った。
 今更、なんだと鼻で笑ってやりたい。オレがどれだけ、志摩を好きか。そんな事もこの男は知らないのか。

「何年も先のお前の未来に、オレの居場所があるのか」

 ああ、もう。ふざけんな。

 遠く離れるのが嫌で、卑怯なオレは一歩だけ離れようとした。すぐ傍じゃないから、セーフだろうと。
 心臓に近い左側は、彼女に譲るから。邪魔はしない。だから、少し離れた右側に居座る事だけは、許して欲しいと。

 どんだけ、オレがお前を好きか。オレがどれだけ、お前を必要としているのか。
 そんな事さえ、知らないのか。

「当たり前だろうが!!」

「……っ!!」

 叫んだ瞬間、かき抱かれた。
 骨が軋むほどに、強く、強く、抱き締められる。

「みつ……みつ……っ!!」

 絞り出したような声で、志摩は何度もオレを呼んだ。
 志摩が顔を埋めた肩口に、暖かな雫が落ちる。

 濡れた感触を感じながら、オレも涙ぐむ。
手は動かせないから、拭う事も出来ない。嫌がらせとばかりに、志摩の髪にぐりぐりと顔を押し付けた。

 ハンカチ代わりにしてやるわ。ザマーミロ。



 暫くの間、志摩もオレも、泣き続けた。
 隙間さえ許せないとばかりに、身を寄せ合って。

 そうして、三十分くらい過ぎた後、志摩は顔をあげた。
 髪は乱れ、目元は赤く染まっていて、男前が台無しだ。でも、その表情は憑き物が落ちたみたいにスッキリしていた。


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