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「座ってろ」

「…………」

 帰り道の車内は、重苦しい沈黙がずっと続いた。家についても志摩の怒りは一向に解ける様子はなく、足元が危ういオレを義務的に支えてくれてはいたが、居間に着いた途端、素っ気なく離れた。
 命令形で促され、革張りのソファーに腰を下ろす。

 少しの間をあけて戻ってきた志摩は、水の入ったグラスをオレに差し出した。

「……ありがと」

 気まずさから目を伏せながら、飲み込む。
 向かいの席に座った志摩から向けられた険しい視線が、容赦なくオレに刺さった。

「……それで?一体、何が不満だ」

 沈黙を破ったのは志摩だった。
 彼は、酷く苦々しい声で問う。憔悴が窺える表情は、まるで反抗期の息子と対峙する父のようだ。そんな顔をされると、自分がどうしようもなく子供に思えて惨めだった。

「……別に」

 気まずくて、志摩から視線を逸らし、呟く。
 すると志摩は、苛立ったように大きなため息を吐き出す。

「別に、か。特に意味もなく、お前はずっとオレを避けていた訳だ」

「…………」

 志摩らしくない、厭味ったらしい言い方。だが、そうさせたのは紛れもなくオレだ。

 オレが逃げ帰った日、志摩はメールに気付かなかった事を詫びてくれた。そして具合が悪いなんてオレの誤魔化しを疑わず、心配してくれた。
 避け始めた当初も、怒りより戸惑いが勝っていたように思う。素っ気ない態度を取る度、志摩の表情が哀しそうに曇って、後ろめたいオレは、益々志摩を避けるようになった。
 日を追うごとに視線が剣呑さを増し、言葉は消える。ただ、責めるような視線が、いつもオレを捕らえていた。

「オレが嫌いになったか」

「違う」

「構われて鬱陶しかったか」

「違う」

「親友顔で隣に居据わられて、疎ましくなったか」

「違う……!!そんな訳ないだろ!!」

「じゃあ何故だ!!」

「っ……」

 振り切るように叫ぶと、もっと激しい声にかき消された。
ガンッと乱暴に、志摩はテーブルに拳を叩きつける。
 上に乗っていた空のグラスが、ぐわんと揺れて倒れるが、志摩は全く気に留めなかった。否、気にする余裕もなく、切羽詰まった表情で彼はオレを睥睨する。

「何故避ける!?どうしてお前は、オレから逃げ回るんだ……!!」

 初めて目にする志摩の激情に、瞠目した。
 掻き毟るように胸を押さえ、苦しげに言葉を紡ぐ。絞り出した声は、怒りと苦しみに掠れている。
 熱の塊を吐き出すような叫びは、慟哭に似ていた。

「……志摩」

 呆然と、彼の名を呼ぶ。
 愚かなオレは、漸く気付いた。自分の事に必死な余り、大切な友を深く傷付けてしまったという事実に。

 本当にオレは、馬鹿だ。
 逆の立場だったらと考えたら、すぐに分かるだろう。ある日突然避けられて、目も合わせてもらえなくなったら、どれだけ辛いか。
 不安になる。怒り、悩み、きっと絶望する。

 そんな思いを、オレは志摩にさせていた。

「ごめ……志摩、……オレ」

「蜜……」

 顔をあげた志摩の目は、哀しみに満ちていた。
 そんな顔をさせている原因が自分だと思うと、苦しくて上手く息が出来ない。どうにか彼の痛みを取り除きたくて、口を開く。だが零れ落ちたのは、言葉とも呼べないような、意味を持たない呻きだった。
なにかしたい。でも、何も思い浮かばない己が歯痒い。
 せめて近くに行きたくて、オレは席を立った。

 しかし足元に置いてあった何かに躓き、足が縺れる。蹴り飛ばしたのは自分の鞄で、渇いた音と共に中身がラグの上にぶちまけられた。

「……っ」

 ひゅ、と不自然に息を吸いこむ音がした。
 拾い集める為に跪いていたオレが顔をあげると、志摩は凍り付いた表情で、オレの手元を凝視していた。
 伸びて来た手が、何かを掠め取る。

「……何だよ、これ」

「え……、あ……!!」

 志摩の手にあるのは、双見が貸してくれた不動産屋のパンフレットだった。

「それは違う……」

「違う?ご丁寧に、付箋まで貼ってあるのにか?」

 ぱらりと捲って、付箋の貼った場所をオレの眼前に突き付けた。
 薄い唇が、いびつに歪む。泣き笑うような表情で、志摩は喉を鳴らした。

「オレに知らせず、出ていくつもりだったのか。……そんなに、オレが嫌か……!!」

 血を吐く叫びに、オレは息を詰める。
 一瞬志摩が、泣くのではないかと思った。

「…………」
 
 違う、と咄嗟に叫びそうになって飲み込んだ。
それは双見のものだと言って、何になる。信じてもらえる筈ないし、何よりオレは、出ていくつもりだったじゃないか。
 何も、違いやしない。避けて、逃げて。志摩に相談もなしに、彼との生活を一方的に捨てるつもりだった。
 
 親友離れして、志摩と婚約者の彼女を、ちゃんと祝福してあげる為だなんて偽善もいいところ。
オレは、ただ単純に、捨てられるのが嫌だった。

 彼女と暮らすから、と申し訳なさそうに謝られるのが嫌だ。
 行くあてはあるかと、同情されるのも、オレがいなくてもちゃんと飯を食えよと、幸せそうに笑われるのも御免だ。照れ臭そうに紹介されるなんて冗談じゃない。

 志摩がオレから離れていく未来が確定的なら。動かせない決定事項ならば。

 一歩離れて、物分りの良い友人の顔で騙そうと。


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