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 あくる日。
 午前中に講義を終え、オレは志摩の大学へと足を運んだ。
 
昨日は、迎えに来させてしまった上に、あのまま風呂場で寝オチ。どうやら志摩にベッドまで運ばせてしまったらしい。
 朝起きたら志摩は既に出かけており、キッチンにはラップのかかったベーグルサンドとメモ用紙が一枚。『冷蔵庫の中にフルーツヨーグルトがある。食欲がなければ、それだけでも食べろ』と、彼らしい几帳面な字で書かれていた。
 思わず頭を抱えた。親友相手にオレは、一体どれだけ迷惑をかければ気が済むんだろう。

 昼飯を奢る程度で許されるとは思わないが、せめてその位はさせて欲しい。
 そう思い、午前中にメールを入れたのだが、中々返信が来ない。

 志摩の属する法学部は、正門を入ってすぐ先だ。その辺りで返信を待つかと歩き始めた。
 芽吹き始めた銀杏並木を、ゆっくりと進む。風もすっかり温み、日差しが暖かい。
 天気が良いからか、人通りも多い。だが過剰に騒がしくないのは、名門たる所以か。やたらハイテンションな奴が多い、うちの大学とは違う。
 武器になりそうな分厚い本を細腕に抱え、通り過ぎる女性らは皆、清楚で初々しい。樹がいたら、さぞ目移りした事だろうと悪友の顔を思い返した。

 さて、どこで時間を潰そうか。休憩できそうな場所を探し、特徴的なアーチの先に広がる中庭に視線を向ける。
 すると探していた親友の姿を、アッサリ見つけた。
 高身長の彼は、頭一つ分飛び出しているから、人混みでも見つけやすい。

「……ぉ、」

 おーい、と声を掛けようとして、オレは口を噤んだ。上げかけた手を、咄嗟に引っ込める。
志摩は、一人ではなかった。

 しかも、女性。
 珍しいと思ってしまったオレは、たぶん悪くない。
 志摩は基本、あまり女性を傍におかない。特に志摩の外見に惹かれ寄ってくる女性を倦厭している節がある。素気無く振っている姿を、何回か目撃した。

「……」

 邪魔しちゃ悪いなと、オレは待つ事にした。
 女性をジロジロ見るのは不躾かもしれないが、志摩が会話する女性に興味があり、眺める。

 ずいぶん綺麗な人だ。
 緩く巻いた亜麻色の髪、同色の潤んだ瞳に長い睫が影を落とす。肌は抜けるように白く、目鼻立ちはハッキリとしている。
 華やかで目を引く外見なのに、服装はシンプルなモノトーン。白いシャツにブラックスキニーを合わせたベーシックなコーディネートで、媚びた要素が全くない。
 スレンダーで女性にしては身長も高く、志摩と並ぶと、まるで雑誌を切り出したかのようだ。

 似合う、と素直に思った。
 隣に並んでも、違和感がない。それどころか、ジグソーパズルのピースのように、ぴったりと当て嵌まる。
 
 そう考えた瞬間。
しくりと、胸が痛みを訴えた。

「…………?」

 疼いた胸に手を押し当てて、オレは首を傾げる。
 何で、今オレは、辛いと思った?

友達が美人と話しているからといって、僻むほど落ちぶれていない。羨ましいなんて、おかしいだろ。……否、普通の男であれば、おかしくはないか。
どうやらオレは、自分が思うより心が狭かったらしい。

 己の狭量さに、地味にへこむ。
だが例え心が貧しくとも、空気は読める。遠目にも会話が弾んでいる二人の邪魔をするつもりはない。
 流れから行って、このままランチかもしれないし、オレは出直すべきだろう。

 未練がましく、ちらりと眺める。だが志摩は、オレに気付く様子もない。
ため息を吐き出す。帰るか、と一人呟いた。

「あの!」

「?」

 踵を返そうとしたその時、背後から声がかけられる。
 振り返ると、見上げてくる小柄な女子が二人。顔に見覚えはない。
 もしかして、通路を塞いでしまっていたか。

「ごめんね、邪魔だった?」

「ち、違います!」

 道を譲るように体をずらすが、女の子らは慌てて首を横に振る。

「その、お一人ですか?」

「これから私達、食事に行くんですけど……良かったらご一緒に」

「……あー」

 真っ赤な顔で誘われ、やっと理解した。これはもしや、逆ナンか。
 一人は栗色のボブに、吊り上がり気味のアーモンドアイズの気が強そうな子。一人はダークブラウンのゆるふわミディアムに、黒目がちの大きな目のおっとり系。
 どちらも可愛い。

 だがどんなに可愛くても、お誘いに乗る事は出来ない。友達の大学でナンパは、流石に気まずいだろ。

 さて、どうしたもんか。
 
「……」

 彼女らを傷付けずに穏便に断る言葉を、脳内で探す。つい、志摩の方へと視線を向けてしまった事に、他意はない。
 しかし何故か二人は、そんなオレを見て表情を険しくした。

「……あの子は、やめた方がいいですよ」

「え?」

 オレと同じ方向を見つめながら、ボブの子が口を開く。言葉の指す意味が分からず、目を丸くする。
 あの子って、どの子だ。

「た、確かに美人ですけど!隣に彼氏いるじゃないですか!」

 別に責めたつもりは無いが、女の子は糾弾されたかのように頬を染め、口早に捲し立てた。もしかしたらオレが、彼女らを差し置いて、美人に気を取られていたと勘違いしたのかもしれない。
 つか、あの子って、志摩の隣の美人の事か。そう頷いてから、一拍置いて驚愕する。

「……彼氏?」

 呆然と、鸚鵡返しをした。
 馴染みのある母国語にも関わらず、脳が弾いて理解が出来ない。

彼氏って……志摩が?あの子の?
 いや……確かにさっき、似合うと思った。思ったけど。

「はい。学内では有名ですよ」

「許嫁だって聞いた事あります。二人共良家の生まれで、幼い頃から親交があるって噂です」

 呆けたオレに気付いているのか、いないのか。少女らは畳み掛けるように続けた。
 彼氏どころか、許嫁。突然突き付けられた衝撃に、対処しきれない。ぐわん、と一瞬視界が揺れた気がした。

 志摩が、あの子と結婚する……?
 
 実感が全く湧かなかった。
 確かに志摩は良家の子息、許嫁がいても不思議じゃない。なのにオレは、想像もしなかった。

 志摩が隣にいない未来を、思い描いた事もなかったんだ。


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