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チョコと羞恥の日。
《武藤&凛》
「腹減った。」
「…………。」
でたよ。
オレは、はぁ、とため息をつき、今しがたまで読んでいた歴史小説をパタンと閉じた。
久々にゆっくりできる休日を満喫しようと、前もって借りておいた小説を積み上げ、テーブルにお茶セットを用意し、さて、読むか、と思ったところに、武藤が乗り込んできたのが、2時間前。
ジト目で、相手できねぇぞ、と告げても、武藤はズカズカと上がり込んで、いつもの定位置であるソファーの上に、ゴロリと寝転がった。
そのまま武藤も、雑誌を引っ張り出したりして寛いでいたので、オレも気にせず本に没頭していたのだった。
「…たまにはカップ麺とかで済ませ…「却下だ。」……。」
まぁ、コイツが来た時点で、こうなる事は分かってましたが。
寧ろ、2時間大人しくしててくれた事自体珍しいし…たまには、リクエストに答えますか。
「…何食いたいの?」
苦笑しつつ、オレがそう訊ねると、武藤は、意外なリクエストをしてきた。
「…甘いモン、食いてぇ。」
「………珍しいね。」
オレは武藤を見て、パチクリと目を瞬かせた。
武藤は、別に甘いモノが嫌いなわけじゃない。
でも好きでも無い筈。
「今日はそういう気分なんだよ。」
「へー…?」
釈然としないながらも、まぁいっか、とオレはそれ以上は追求せず、材料を考えはじめた。
「…うーん。簡単にホットケーキとか?後は…」
「チョコ。」
「…は?」
「チョコ。」
真顔で繰り返された。
「………。」
戸棚をあさり、板チョコを取り出し、無言で武藤に差し出してみた。
途端、ギロ、と鋭い視線が寄越された。
「…何で睨むの。チョコがいいんでしょ?」
「………加工しろ。そのままとか、あり得ねぇ。」
や。
チョコは普通、そのまま食うもんだよ?
まぁ、女の子とかは、この時期は、張り切って手作りとかしちゃうモンだけどさ…………、ん?
そこまで考えて、ふと、カレンダーを見る。
今日は、2月14日。
あれ?
………まさか??
いやいや。
無い。
無いよ。
まさか武藤が、そんな乙女チックな行事に興味があるワケないって。
オレが一人納得している間にも、武藤の眉間のシワは深くなっていく。
武藤の機嫌が底辺になった頃、オレは漸く、武藤を長々と放置していた事に気付き、慌てた。
マズ…
どうしよう。と考える前に、武藤はオレの手からチョコを奪い、包装紙を破る。
……結局、そのまま食う気なのかな、と、オレがぼへーっと見守る中、武藤は、板チョコを割り、大きめの欠片をオレの口元に差し出した。
…………何がしたいんだろう、コイツ。
「……武藤?」
「くわえろ。」
「…………。」
…???
オレは、微妙な面持ちで、それでも言われるまま、チョコに噛み付いた。
欠片が大きすぎて、半分以上口から出たまんまの、間抜けなかっこのまま、武藤を見る。
…………へ?
随分至近距離にある武藤の綺麗な顔に、オレは目を丸くした。
武藤はまるでキスするみたいに顔を傾け、真っ直ぐオレの目を見つめたまま、どんどん顔を近付ける。
ち、ちょっ!?
ワケが分からず、オレが目をぎゅっと瞑った瞬間、
パキッ
と軽快な音がした。
目を開くと、武藤の顔は既に離れていて、
その口元がくわえた、茶色の欠片を見て、オレは漸く、何がおこったのかを察知した。
「………あ、ああ、あり得ないっ……!」
真っ赤に顔を染めて、憤慨するオレを、武藤は楽しそうに眺め、見せ付けるみたいに、己の唇についたチョコを、舌でなめとった。
「安っすい板チョコで我慢してやったんだ。この位のサービスは当然だろ?」
「サービスじゃねぇ!!セクハラっていうんだ、コレは!!」
怒りと羞恥で、これ以上無い位、顔を真っ赤にしたオレを見て、武藤は、ニヤリと、良くない種類の笑みを浮かべた。
「……来年も、板チョコでいいぜ?」
ただし、同じ方法で、な。
そう笑う男に、部屋中のものを投げ付けたくなったオレは、悪く無いと思う。
なくなれ!
来年の2月14日!!
(カレンダーの日付塗りつぶしても意味ねぇだろ。)
(うっさいっ!!)
END
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