Sub 悪い夢と優しい目。 《黒さん&凛》 『良い子ね、凛。』 優しい声とともに、暖かい胸に抱き寄せられる。 柔らかい感触と、フワリと香る石鹸の香りに、とても安心した。 『悪い夢はお終い。…凛はお母さんと、…と、一緒に、ずっと幸せに暮らしましたとさ。』 怖い夢を見るたびに、幸せなお伽噺に変えてくれた人。 弟とオレを抱き締め、溢れんばかりの愛をくれた人。 日を追う毎に、貴女の声も温もりも、朧気になってしまうのが、どうしても苦しくて、哀しくて、 それでも、貴女の笑顔だけは、忘れない。 綺麗で強くて優しい、オレの大切な、母さん。 貴女を思うと、今でも涙が溢れてくるけど―――、 「……ん、…凛!」 「…………。」 優しくて切ない夢が終わり、目を開けたオレの、滲む視界には、心配そうに顔を歪めた端正な顔。 「………黒さん。」 呼ぶと、ほっとしたように笑ってくれる。 スイ、と長い指が、オレの目尻を拭う。 その濡れた指を見て、漸く、現実の自分も泣いている事を知った。 「…怖い夢でも見たか?」 抱き寄せてくれる腕は、逞しくて、香るのも、石鹸では無くフレグランス。 頭を撫でる仕草も、何もかも違うけど、 一つだけ、変わらないものがある。 「…違います。怖い夢じゃなかった。」 言うと、覗き込んでくる、漆黒の瞳。 「…じゃあ、何で泣いてんだよ。」 意地張んな、と軽く鼻を摘まれた。 ああ、 オレはなんて――― 「幸せ、で。」 オレの言葉に、黒さんは目を瞠った。 暫くして、照れたように、視線が逸らされ、 馬ぁ鹿、 と小さく呟き、くしゃりと髪をかき混ぜられた。 母さん、 今、ちゃんとオレ、笑えてるよ。 貴女の優しいお伽噺とは違って、貴女も弟も、傍にはいないけど 悪夢を見たオレを、 貴女と同じように、 心配してくれる人が、いるんだ。 最期まで、貴女は、オレを心配してくれたけど、 大丈夫。 ―――オレは今、 幸せだよ。 貴女がいなくても、 生きていきます。 優しいこの手と。 END [次へ#] [戻る] |