[携帯モード] [URL送信]

Sub
赤頭巾ちゃんB


「…………っ!」


狼の大きな耳がピクリと揺れました。
近付いてくる音を拾った狼は、焦り身を起こします。


ですが極限まで疲弊した体は言う事を聞かず、その場に再び蹲る事となってしまいました。


「……♪、♪」


そんな彼を嘲笑うように、小さな歌声が近付いてきます。
休憩をしようと花畑へと向かう、子供の無邪気な歌声が。


「……っ、くそ」


低く毒づきながら、狼はなんとか体を引き摺り、大木の影に隠れました。


本当は、会いたかった。
でも、極限状態の今、会えば何をするか自分でも分からなかったのです。


狼は、自分にとって一番のご馳走である子供を、食いたくないと思ってしまいました。
食って終わりにするには、狼は子供の事を、愛しく想いすぎてしまったのです。


「…………」


狼は、息を潜め目を瞑りました。
小さな愛し子を、見てしまわない様に。


やがて歌声は間近まで迫り、子供の歓喜の声が聞こえました。


「うわぁ!お花さいたー!」


花畑の奥にある大樹は、樹齢千年を迎えようとしている、桜です。春を迎え、漸く満開に咲き誇りました。
狼は知っています。子供がこの日を心待ちにしていた事を。
通る度に、桜の木に声をかけていた事を。


咲いたばかりの桜を、子供と一緒に見たくて待ち伏せしていた狼でしたが、限界まで達した自分の欲が恐ろしく、子供の前に出る事は叶いませんでした。


寧ろこのまま、此処で終わりを迎えるのも悪くない。
半ば諦め気味に、狼はそんな事を思いました。天気も良く、花は咲き、子供の楽しそうな声が聞こえる。
自分には勿体ない位の死に場所だ、と。


でも、最後に欲が湧きました。
もう一度だけで良い。子供の笑顔を見たい。あの愛らしい笑みを、一度だけ。
遠くからでもいいから。


「…………っ!!?」


けれど、狼の予想は裏切られる事となりました。
遠くから見るだけだった筈の子供は、いつの間にか彼の目の前にいたのです。


横たわる狼を覗き込む子供の、大きな瞳が狼を映し、ぱちりと瞬く。
桜色の唇がゆっくりと動くのを、呆然と狼は見つめていました。


「どうしたですか?」


まろい頬が動き、柔らかそうな唇から、澄んだ声が洩れる。


ああ、あの子だ。
此処にいるのは、あの子だ。


そう理解した途端、視覚が嗅覚が触角が聴覚が、子供のもたらす情報全てを拾い上げ、本能へと働きかけてしまいました。


『 喰 イ タ イ 』


純粋な欲求が、腹の底から沸き上がる。
生き物としての、当り前の欲が強烈な飢えと共にせりあがり、狼を蝕みました。


「どこか痛いしましたか?お兄さん」

「っ、」


サラリ、と狼の黒髪を、子供の小さな手が撫でる。
それに狼の胸に、飢えと同じ位の愛しさが込み上げます。


欲望と愛情がせめぎ合い、気が狂いそうな苦しみが彼を襲いました。


美味シソウ。
止めろ。

喰ウ。
ダメだ!

喰イタイ。
嫌だ!




喰わなければ、死ンデシマウ。



――殺すくらいなら、死んだ方がマシだ!!!


.

[*前へ][次へ#]

6/9ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!