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赤頭巾ちゃんA


「…………」


森の奥、花畑の傍の大木の根元に、黒い影がありました。


ゆっくりと開いた瞳は、艶やかな髪と同色の黒。
木漏れ日が目に痛いのか、大きな手で顔の上半分を覆い、煩わしそうに顔を歪めましたが、雄々しい美貌はそれでも欠片も損なわれる事はありませんでした。


「……、……あー……」


青年の口から、低音が洩れました。
意味のない声を数秒あげていた彼は、ゴロリ、と寝返りをうち、腹を守る様に体をまるめ、ボソリと呟きました。
腹減ったなぁ、と。


「そろそろ、本気で死にそうだ」


洒落にならない呟きをこぼす彼の頭上で、毛並みの良い大きな耳が揺れます。
そう。
腹を空かして行き倒れているのは、誰もが恐れる狼さんでした。


彼はこの辺り一帯を縄張りとする狼です。美しい闇色の毛皮から、黒狼(こくろう)と呼ばれる、最強の獣でした。


狼は肉食です。当然、生き物を狩って生きています。
真冬ならともかく、春を迎えた今、最強を謳われる黒狼が飢え死になんて有り得ない事態。


ですが彼は今、狩りを止めていました。
何故ならば、生き物を美味しいと思えなくなっていたからです。


ある時期から、この森を、小さな子供が通るようになりました。
たまたま見つけたその子供は、酷く美味しそうでした。


まあるい頬っぺも大きなおめめも、可愛らしい歌声も笑顔も、ぜんぶ、全部。
狼は一目でその子供を気に入りましたが、すぐに食べようとは思いませんでした。


だって子供は小さくて細くて。食べる部分なんてほんの少し。
あんなに美味しそうなのに勿体ない。もっと大きくなってから食べた方が、きっともっと旨い。


そう思って、子供が大きくなるのを待ちました。
そして自分が食べる前に、誰かに食べられてしまわないよう、子供が森へ入る度、ずっと見守っていました。


けれどいつの頃からか、狼は自分の不調に気付いたのです。
何故か狼は、丸々太った魚も獣も、全く美味しそうに見えないのでした。


子供の方が、絶対美味しそうな事は分かり切っています。
ですが、そうではないのです。


生き物に牙をたてようとする度に、動物を愛でる子供の笑顔が浮かぶのです。
花を踏みつける寸前に、子供が花を摘みながら口ずさむ鼻歌が蘇るのです。


無理やり食べても、血塗れな己の手を見ると、子供が怯える顔が思い浮かんで吐いてしまいました。


狼は、病にかかってしまったのです。


お医者様にも治せない、不治の病に。


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