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最悪で、最高の
第5位 御門暁良
(※パラレルでお付き合い中な設定です。)
「………………、」
チチ…チュン…、
遠く小鳥の囀り。カーテン越しに室内を照らす太陽の位置も高くなり始め、空気も温み始めた午前8時。
オレは極力音をたてないように、扉の前に立ち、室内を振り返る。
「………………、」
キングサイズのベッドの中で、芸術品の如き麗し過ぎる寝顔を晒す男が、一人。
目覚める様子は、無い。
「………………。」
ホゥ、と短く安堵のため息をついたオレは、そっと音をたてないように、ベッドルームを後にした。
財布と鍵のみを持ってドアを出ると、
「お早うごさいます。斎藤様。」
待っていてくれた風間さんが、頭を下げて出迎えてくれた。
「お早うごさいます。今日はヨロシクお願いします!」
ペコリと頭を下げたオレの後ろで、ガチャンとオートロックの扉が閉じた音を聞きながら、オレは元気に挨拶する。
顔を上げると、いつもクールでダンディーな風間さんは、僅かに目を瞠っていたが、見上げたオレと目が合うと、
鋭い目を少しだけ柔らかく細め、微笑を浮かべて頷いた。
「此方こそ、宜しくお願い致します。」
□■□
「先ずはどちらに向かいますか?」
「……えーっと、」
風間さんが運転する車の後部座席から、窓の外を眺めながらオレは目を細める。
2日ぶりに見た朝の太陽が眩しい…っていっても、もうだいぶ上の方にあるが。
…一昨日から御門に寝室に軟禁(いや監禁か?)されていた為、直射日光にクラクラする。
畜生…あの鬼畜が。
たかだか1日バイトしてたくらいで『お仕置き』だとか、意味分かんねーよ。
大体、誰の為にそんな事したと思って…
「…斎藤様?」
「……あ、ご、ごめんなさい!じゃあまず、」
考えこんでいたオレは、慌てて店を指定した。
いけない、いけない。
時間はあんまり無いんだから、有効に使わないと。
気配に鋭い御門が起きてしまわないように、実は一服盛った(…)のだけれど、流石に昼前くらいには起きちゃうだろうし、
それまでに戻らないと、また『お仕置き』と称され、何をされるか分からないから。
「……違うな。」
手に取った品物を、オレは棚に戻す。
朝から色んな店を回って、色んな品物を見てきたけど、どれもいまいちピンとこない。
「……………。」
どれも、御門暁良という男には、そぐわない気がした。
…いや、品物に落ち度は無い。御門暁良という人間が、異質過ぎるんだ。
予算が少ないってのも勿論あるけれど、それ以上に、
アイツの掌におさまって、しっくりくる物の想像がつかなかった。
「……………。」
装飾品も見たけれど、結局は手に取る事さえ出来ない。
そろそろ疲れてきたなぁ、なんて視線を彷徨わせた先、
「…………あ。」
……目にとまった、あるもの、があった。
「ありがとうございました!」
店員のお姉さんに見送られ自動ドアを出たオレは、ラッピングされた小さな箱を見下ろし、苦笑を浮かべた。
…あんだけ悩んでいたのに、よりにもよって、かなり似合わないもの買ってしまった自分に呆れる。
「…あーあ。買っちゃった。」
「…何を、だ?」
「っ!!?」
耳元に、後ろから滑り込んできたバリトンに、オレは体を震わせた。
「みっ、」
聞き慣れた声に、御門、と呼ぼうとしたが、それより一瞬早く抱え上げられた。
続いてドサリと、車の後部座席に詰め込まれる。
「…出せ。」
「御意に。」
低い声に応えたのは風間さんではなく、慌てて後ろを振り返れば、風間さんは此方を見てゆっくりと頭を下げた。
あああ……申し訳ありません…オレの我が儘で車を出してもらったのに、置いて帰るなんて。
「……………。」
「うわっ!?」
未練がましく後ろを見続けていると、少々乱暴に抱き寄せられた。
不機嫌に歪んだインディゴブルーの瞳が、オレを睨むように見下ろす。
「……………。」
だが御門は、何も言わない。
無言が余計、恐ろしい。
嫌味を言っている位の方が、まだマシなんだと実感した。
…ドサッ、
「っ…!!」
家に着いた途端、再び抱え上げられ、放り投げられたのはベッドの上。
身動ぐ隙すら与えられず、両手を掴まれベッドに縫い付けられた。
「…痛っ!?」
仰け反った事によって無防備に晒された喉元に、ガブリと容赦なく噛み付かれた。
鮮烈な痛みに眉をひそめるが、再度違う場所を噛まれ、無様な呻き声が洩れてしまう。
「……っや、め」
「…誰が止めるかよ。」
「!?」
抗議しかけたオレの声は、不機嫌を通り越して殺気さえ感じる低音と睥睨する獣の眼差しによって遮られた。
「お前はオレのモノだって、2日かけてその体に教え込んでやった筈だが…分かってねぇようだな。」
クッ、と口角を吊り上げ笑む御門…だがその目は全く笑っていなかった。
「可愛い悪戯だと思って、目を瞑ってやったのが間違いだった。…二度と抜け出す気が無くなるよう、徹底的に教育してやるよ。」
「…っ!!!」
なぁ、嬉しいだろう?
男の色気を放ちながら、蠱惑的な声でそう呟く男に、オレは卒倒しそうになる。
やっぱり睡眠薬飲ませたの気付かれてたんだ、なんて、半ば現実逃避気味に考えながら、オレは間近に迫った美貌を見つめた。
唇が重なるまで、あと1p…御門の吐息を感じながら、オレは口を開く。
「………Happy birthday、暁良。」
「…………………、」
近過ぎて焦点がぼやける美貌が、虚を突かれたように唖然とした。
深い藍色の瞳が、珍しくも瞠られる。
「………………、」
腕の拘束が緩んだのを見計らい、御門の下からズリズリと抜け出したオレは、ベッドの上で居住まいを正すと、
手に持っていた四角い小箱を、御門に差し出した。
「………………、」
御門は呆然としたままだったが、その包みを不思議そうに受け取った。
それに満足して笑むと、御門の、殺気だっていた雰囲気が和らいだ。
「………これは、」
「誕生日プレゼントだよ、勿論。」
小さいし安いけど、と苦笑するオレを見て、御門は掌の小箱をマジマジと見る。
…実は、今日が御門の誕生日だってオレが知ったのは、ほんの1週間前。
慌ててプレゼントを用意しようとするが、如何せん、予算が無い。
勿論、親から貰ったお金はあるけど、ソレで恋人の誕生日プレゼントを買う気にはなれず…でもバイトをしている時間も無い。
どうしようかと頭を悩ませていたオレの、相談にのってくれたのが、御門のお目付け役である風間さんだった。
『それならば、自分が雇いましょう。仕事内容は、書類整理や雑務で、日当一万で如何ですか?』
そう言ってくれた風間さんに甘えるのはどうかと思ったのだが、他に手段も見当たらないし、と『日当は、その半分でいいので、宜しくお願いします。』と頭を下げた。
…結果、1日しか出来なかった上に、『正当な報酬』だと押し切られ、一万もらってしまったという体たらくな訳ですが、
「…………………、」
こんな、珍しい顔が見れたのなら、結果オーライかもしれない。
カサリ、と御門の手によって、包装がとかれる。
中から現れたのは…
「………チョコ?」
「うん。」
全く似合わない、チョコレートでした。
ちなみに一粒二千五百円也。そして四つ入。
「甘いものがそんなに好きじゃないのは知ってる。…でも嫌がらせじゃない……と思う多分。」
御門の手の中の小箱から、一欠片のチョコを指で摘みながら、オレは笑う。
「本当は、形に残るものにしようと思ったんだ。装飾品とか、いいなって。…指輪とか鎖みたいだし。」
指輪やピアスは、御門が安物つけるとは思えないけど、オレが買ったものなら付けてくれるんじゃないか、と思える程度には自惚れている。
「…お前がオレに鎖?…………たまんねぇな。」
御門はうっとりと笑みながら、オレの手を引いて、膝の上に抱き上げた。
執着や独占欲なんて無縁そうに見える男は、オレがたまに見せる病んだ部分を、酷く喜ぶ。
愛しそうに細められる目に、指輪にしておけばよかったか、と一瞬思うが、すぐにソレを振り払った。
「…でも、止めた。そういう形にしてしまえば、多分だんだんエスカレートしてくから。」
目に見える形で縛ってしまえば、オレはその誘惑に抗えなくなる。
一つだった鎖は日毎に増え、最後には閉じ込めて誰にも見せたくなくなってしまう。
「…だから、その代わり、形に残らないモノにした。」
「……………。」
指で摘んだチョコレートを、口へと含む。
歯で挟み、伸び上がって御門へと口付けると、一瞬瞠られた瞳は直ぐに喜色を浮かべた。
「……ぅ、ん、」
舌で押し込むようにチョコを御門の口内へと移すと、待ち受けていた舌に、チョコごと絡めとられた。
クチュ…ピチャ、と卑猥な水音がして、互いの舌の熱に溶けだしたチョコから、トロリと濃厚な液体が溢れた。
強い甘みと酒の匂い…それから御門自身に、ぐちゃぐちゃに酔わされそうだ。
「…ん、」
チュ、と可愛らしい音と共に唇が離れ、目の前の男の美貌は、傾国の美女をも凌ぐのではないだろうか、という壮絶な色香を纏っていた。
唇を、御門の長い指が辿る。
ついていたチョコを拭った男は、ペロ、と見せ付けるようにソレを舐め取り、いやらしく笑った。
「…エロい顔。」
お 前 が な !!
文句を言いたくなるのを堪え、真っ赤な顔のままオレは、もう一つチョコを取った。
「…………、」
それを御門は、意外そうな顔で見る。
まぁ確かに、いつものオレなら絶対にしない行動だけど。
「…形には残らないけど、記憶には残したい。」
「……凛。」
「ついでにアンタの中に溶けて、血肉となる………オレと交ざり合ったものが、アンタの一部になるなんて、最高、でしょ?」
「……っ、」
それからの記憶は、定かでは無い。
なにかがプツリと切れる音を聞いて、発情した獣のような目の御門に、
そりゃもう、ぐちゃぐちゃのデロデロにされて、本当、好き勝手された。
自分にも多大な被害が来たわけだが、実質成功した気はする。
アンタがこの日に、なんの意味も意義も感じていないのならば、
オレがその意味を、プレゼントしよう。
最悪で最高の、
(忘れられない1日を。)
END
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