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もしも黒さんが失明したら。


ある日、オレの視界は黒一色になった。





「買い過ぎたですかねぇ?」


買い物からの帰り道。
片手に抱えた大きな買い物袋を揺らしながら、凛は苦笑した。

オレの片手にも、同じく食材が目一杯詰まった買い物袋。
確かに二人では多過ぎるかもしれない。タイムセールだからって、調子にのりすぎた結果がコレ。


でもオレは肯定せずに、笑み返す。


「いいじゃねぇか、たまには。…美味いモン、一杯作ってくれよ。」

「ラジャりました!」


元気いっぱいの凛に、オレは喉を鳴らしながら笑い、繋いだ手を握る力を少しだけ強めた。


「あ!黒さん!」

「ん?」

「木下さんちの紫陽花がそろそろ咲きそう。」

「そっか。…今年も綺麗な青いやつが咲くんだろうな。」


酸性が強いと青なんでしたっけ?と凛は足を止める。
おそらく柵越しに、紫陽花が見える場所で。


「お。木下さんちのミケだ。今日も美人さんだね〜。」


塀の上でよく陽なたぼっこをしている三毛猫を見つけたのか、オレの手を握ったまま手を伸ばす。
ゆっくりな動作で、導くような指先に、感じる柔らかな毛の感触。


ニァ、と短い鳴き声と、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえて、

隣のオレの大事な黒猫も、機嫌良さげに笑う気配がした。



視力が失われてから、音に敏感になったような気がする。

凛の音は、特に分かりやすくて、
いつの間にか、沢山の音の中から、『凛』を探すクセがついちまったが、


お前の音は、いつだって


幸せの音なんだ。



オレの目が見えなくなった事を、凛は哀しんでくれたけれど、それは本当に最初だけで、
後はずっと、オレの手を握って、いくつもの幸せを見つけてくれた。


分からない同士、日々失敗の繰り返しで、

手を繋いだまま、一緒に転んだり、
風呂場で泡だらけになったり、
傘を忘れて、二人でずぶ濡れになったり、

結構散々だったりするが、


お前が笑うから、オレも笑う。
お前が哀しみよりも楽しみを見つけてくれるから、オレも幸せになれる。


ため息をつきたくなるような場面で、お前が吹き出すから、

泣きたくなるような場面で、お前がオレを抱き締めるから、


オレの毎日は今、
笑顔に溢れている。


「……………。」


オレの手を揺らしながら、凛は、機嫌良く鼻歌を口ずさむ。


「………なぁ、りぃ。」

「はい?」

「……………、やっぱいいや。」

「…なんですかソレ。」


少し拗ねたような声に、オレは笑う。


からかった訳じゃない。

言葉にしようと思ったんだが、うまい言葉が見つからないんだ。


今オレが、凄く幸せだって言うのは簡単だが、きっとそれだけでは、ちゃんとは伝わらない。



なんでもない事のように、お前が与えてくれる毎日が、どれほど奇跡のような事なのか、


お前にちゃんと伝える言葉が見つかったなら、

その時オレは、ありがとうと一緒に言うよ。



オレの視界は黒一色になったけれど、


お前のおかげでオレの世界は、

光に溢れているんだ、って。

END

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