Sub お目付け役の考察。 150記念小説 第3位 御門 暁良 その@ ※御門暁良のお目付け役 風間 樹視点。 (キリリク《バーサス》にちょこっと出ている人です。) ハラリ、 中庭に面した長い廊下を歩く私の足元に、何かが落ちる。 足を止めて拾い上げて見ると、それは薄桃色の花弁。 そこで漸く私は、中庭に咲き誇る、春の象徴とも言うべき花の開花に気付いたのだった。 「……………。」 日々に忙殺されずとも、毎年特に感慨も無く、眺める事もしなかった。 ガラでは無い事は、己が一番良く知っている。 ――けれど、今年は 「……美しいな。」 ザァ、と夜桜が、風に散る。 朧月をバックに咲き誇る満開のソメイヨシノを、素直に美しいと思えた。 自分にも、花鳥風月を愛でる心があった事は驚きだが、誰の影響かを思えば然程不快では無い。 脳裏に浮かぶのは、幼少の頃よりお仕えしてきた若君――御門暁良様の想い人たる、少年の姿。 黒目黒髪、極普通な容姿に、明るい気性。 一般的な家庭に育った、行儀の良い少年。そんな第一印象だった。 話をして、すぐにそれは間違いであると気付いたけれど。 ビビりですよ、なんて言いながら、私の瞳を真っ直ぐに見て、 物怖じもせず、媚びもせず、自分の意見を言う。 少し頑固な一面もあるが、柔軟性も持ち合わせている彼は、此処に顔を出すようになった当初は、歓迎されていなかったが、今ではどうだ。 暁良様相手に、ハッキリと意見出来る彼を尊敬し、姐さん、なんて呼んでいる若いのまでいる。 私も、こうして影響されている辺り、本当に凄い方だ。 こんな面白味の無い男に、桜を愛でる心を持たせてしまうんだからな。 「……………、」 苦笑して、私は再び歩き始めた。 こんな姿を誰かに見られては、天変地異の前触れだなんて噂を広められかねないからな。 「……………?」 角を曲がった私は、歩き始めてほどなくして、また足を止めた。 「………………あれは、」 呟く私の視線の先、私が今いる廊下とは反対側の、人が滅多に立ち入らない奥間へと続く廊下で、誰かが蹲っている、ように見えた。 そこは暁良様の私室に近く、家の者は殆ど近付かない。 騒がしい事を厭う若君に、何をされるか分からないから。 だからおのずと、居る人間も限られてくる。 私は足早に其方へ向かった。 中庭を挟み反対側にある場所なのに、回り込まなければ辿り着けない構造に内心舌打ちしながら。 「………やはり、」 漸く辿り着いた私は、そう呟いて、肩の力を抜いた。 ヒラリ、 桜の花枝が張り出した廊下の一角に、彼はいた。 心配していたように、具合が悪いとかでは無く、眠っているようだ。 すぐ下に池がある為、設けられている手摺りに寄りかかり、目を瞑っているのは、 先程まで思い浮べていた、主人の想い人である少年、斎藤凛様。 「……。」 暁良様が誂えさせた着物姿は、夜桜と合い、とても雅やかだが、如何せん、薄着すぎる。 しかも、このような場所で眠るのは、余りに無防備。 眠りを妨げるのは本意ではないが、お部屋までおつれするか、と近付きかけた私は、彼の目元が赤く腫れている事に気付いた。 「………………、」 彼の傍に跪き、私は、 ハァ、と嘆息した。 またか、と思う。 それと同時に、彼がこんな場所で一人でいる理由が分かった。 ……また、暁良様と、喧嘩なさったんだろう。 と、いってもこの方は悪く無い。 十中八九、暁良様が悪い。 幼い砌よりお仕えしてきた若君は、大変非凡な方だった。 頭脳の明晰さは勿論、幼子とは思えない判断能力をお持ちで、目の前に並べられた選択肢の中から、いつだって最善のものを容易く選びとってみせた。 能力、財力、加えて美貌と人を惹き付けるカリスマ性を持ち、まさに生まれながらの王たる方。 …けれどいつも、世の中に…否、生きる事に飽いたと言わんばかりの冷めた目で、過ぎ行く時を傍観していた若君は、 斎藤様に出会ってから、酷く人間臭くなった。 ……それは大変喜ばしい事だとは思うが、大切な方を、泣かせるまで虐めるのは如何なものかと思う。 しかも暁良様の場合、好きな子を構いたくて、つい意地悪をしてしまう、なんて微笑ましい理由では無い。 …単純に、この方の、怒った顔と泣き顔が好きなのだ。 質が悪過ぎる。 「………申し訳ありません、斎藤様。」 私は苦く呟く。 けれど願わくは、 この方が、暁良様に愛想が尽きる事がありませんように。 そう胸中で願い、 今度こそ、斎藤様を抱き上げようとしたその時、 辺りを真冬にかえそうな、冷えきった声音が響いた。 「――触るな。」 顔をあげれば予想通り、絶対零度の瞳が、私を睥睨していた。 「……………。」 心得ております、と無言で示し、一歩下がると、暁良様は斎藤様の傍へ膝をつく。 「……、」 腫れた目元を、そっと撫で、表情を和らげた暁良様は、まるで壊れ物を扱うように、そっと斎藤様を抱き上げた。 「……、」 頬を寄せ、髪の生え際あたりに口付けを落とす暁良様は、見た事も無い位、甘い笑みを浮かべている。 雰囲気も仕草も、胸焼けがしそうに甘い。 そんなに愛しいならば、怒らせるような真似をしなければいいものを、と思うが、喧嘩はこのお二方にとってはコミュニケーションの一つのようだから、野暮な口を挟むのは控えた。 誰にも触れさせない、と言わんばかりの背中を見送りながら、思う。 斎藤様、どうか暁良様を宜しくお願い致します。 こんな風に、暁良様の感情を引き出せるのは、後にも先にも、 貴方様しか、おりませんから。 ↓以下、おまけ。凛視点。 「…………、」 …あったかい。 さっきまでの寒さは消えて、暖かな温度に包まれる。 スリ、と顔を寄せれば、着物の感触、そして香の香り。 独自に合わせたその香は、御門が自室でのみ使うもので、 「…………、」 目を開ければ、そこにいたのはやっぱり、御門だった。 いつも、そう。 喧嘩をして飛び出して、ふて寝していると、いつの間にか御門に回収されている。 「…………。」 身を起こしたオレは、綺麗過ぎる寝顔を見つめながら、唇を噛み締めた。 ムカつく。 ムカつく。 すっごく心が狭くて、束縛ばかりするくせに、肝心な言葉はくれなくて、 わざと嫌な言い方したり、オレの気持ちを試したり、本当に質が悪い。 …そのくせ、時々凄く大人びていて、オレの癇癪を、余裕で受け止めたりもする。 「……っ、」 ムカつくムカつくムカつく。 オレだけ熱くなって、オレ一人で空回り。 オレばっかり、好きみたいで、 本当に、ムカつく。 「………っ、」 ホロ、と堪えていた涙がこぼれ落ちた。 今日は何時もより更に、涙腺が緩い。 「……っ、!?」 涙を拭おうとした手は、何故か掴まれ、 グイッと引かれる。 「……、」 ドサリ、と倒れ込んだのは、暖かい胸で、 抱き締められた腕の中、至近距離にある藍色の瞳が、オレをうつしていた。 「…………み、かど…」 「…………凛。」 大きな手がオレの髪を撫でる。 思いの外、優しい声が、オレの耳元に囁いた。 「……何処にも行くな。 泣くのも怒るのも、此処でしろ。」 「………………。」 なんという言い草。 そもそも泣かすんじゃねぇよ、と言いたいところだが、 あんまりにも、腕の中の温度と、頭を撫でる指が気持ち良くて、オレは目を閉じた。 「………御門のばか。だいきらい。」 「そうかよ。」 悪あがきに、憎まれ口を叩いたオレ。でも御門は愉しそうに笑うだけ。 眠りにおちかけたオレが、ぼんやりと見上げる先、御門はとても穏やかに目を細めた。 「…オレは愛してるけどな。」 …あぁ、きっと夢なんだ。 こんな事、アイツが言う筈がない。 そう思いながらもオレは、とても幸せな気持ちで眠りにおちた。 END [*前へ][次へ#] [戻る] |