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拍手J 尚久視点。
《恋は病》
尚久のその後の話。
『恋わずらい』、
なんて言葉があるけれど、
上手い事言うなぁと、少しの苦さを抱えつつ感心する事になるのは、
これからほんの少し、未来の話。
「志藤くんっ!」
講義を受け終え、大学の敷地内を歩いていたオレは、後ろから呼び止められ、足を止める。
振り返ると、同じ講義をとっている知り合いの女の子が、此方へ小走りで向かって来るのが見えた。
「…雛森さん?」
「良かった。帰っちゃったかと思った。」
息を切らせながら可愛らしい笑顔を向けてくる少女に、曖昧な笑みを返す。
まさに今、帰ろうとしていたところなんだが。
「何か僕に用かな?」
本題を促すと、少女は頬を赤く染め、恥ずかしそうな表情で、上目遣いでオレを見る。
清楚な美少女である彼女に、そんな風な仕草をされれば、大抵の男は、用とやらがどんな無理難題でも、二つ返事で了承するだろう。
…惜しむべきは、オレが、その大多数の男では無い事か。
「あの、ね?…今日、これから暇かな?」
「…………。」
女の子の方からの誘いを断るのは、多少気がひけるが、傷は浅い方がいいだろうと、断りの言葉を告げようとしたオレの手に、後ろから細い腕が絡められる。
「尚はぁ、私と遊ぶんだよねぇ〜。」
ね♪、と小悪魔的な笑みを浮かべているのは、同じく大学の知人、名前は…美羽?だったか。……名字は忘れた。
「美羽ちゃん?…僕、約束した記憶無いんだけれど。」
困った、という表情で、彼女の頭にポン、と手をおくと、猫のような吊り目がちの瞳が機嫌良く細められる。
「沢井さんっ、…志藤君から離れてよ…。」
唇を噛み締めんばかりの悔しそうな顔で、雛森さんが言うが、オレは『あれ、そんな名字だったっけ?』なんてどうでもいい部分に反応していた。
「はぁ〜?なんでアンタにそんな事言われなきゃなんないの?意味わかんね。」
キャハハ、と挑発するような笑い声が響く。
ギャル系と清楚なお嬢系。
しかもどっちもトップクラスの美貌の持ち主。
取り合われるのは、男の夢かもしれない。
……だが、オレにはウンザリする事態以外のなにものでもなかったりする。
現実逃避に眺めている少女らの一部分を見ても、今は此処にいない子の事ばかりが頭を占めて。
例えば、腕にしがみ付く少女の化粧の施された肌をみて、
彼は、何もつけなくても、スベスベだったな、とか。
腰も、もっと細かった、とか。
笑顔もこんな、わざとらしいものじゃなかった、とか。
黒目は比べものにならない位澄んでいた、とか。
女の子らが聞いたら、全力で激怒したであろう事を、つらつらと考えていたりした。
オレは、空を見上げ思う。
恋の病、と人は言うが、
会えない日々は、一日千秋。
世界の色さえ、違うんだ。
「………凛。」
「「…!?」」
ボソリ、と呟いた言葉に、少女らは、同時にオレを凝視した。
「……し、志藤君、」
「りんって誰!?」
食ってかかる二人に言われ、オレは呆然とする。
「………今、オレ…」
僕、なんてキャラ造りするのも忘れ、オレは自分の発言に唖然。
「……なに、呼び捨てとかしてんだ、オレ。」
「……は?」
「…しかも本人いないとこで、とか、痛すぎる…」
どん引いてる二人を放置し、オレは髪をグシャグシャとかきまぜ、自嘲のため息を漏らした。
恋の病。
恋は病。
おまけに、
バカになる副作用付きとか、
――笑えないでしょ。
(処方箋は君、とか…ああ、本当にオレ痛いわ…。)
END
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