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シルシ
※武藤視点です。

(2章にて、凛が階段から落ちた後、甲斐甲斐しく世話を武藤がしている辺りの時間軸で。)



――凛が怪我をした。


ソレ事態は、許せねぇし、もう二度とあってはならないと思っている。



…だが一つだけ、良い事があった。



それは――、





「…痒いトコはねぇか?」


柔らかく手触りの良い凛の髪をシャンプーで泡立てながら聞くと、凛は機嫌の良い猫のように目を細めた。


「へーき。」


乳白色の湯の中で膝を抱え、浴槽の淵に背をもたれ、天井を仰ぐ凛は、猫だったら喉を鳴らしていそうな位、気持ちよさそうだ。


「…………。」


シャワーのコックをひねり、湯で泡を流しながら、オレは短く嘆息した。


…本当に無防備だな。コイツは。



見ての通り今は、コイツの洗髪中。
つってもオレは着衣のまま、腕だけ捲ってるんだが。


左手が動かせない凛のかわりに、こうして毎日頭を洗ってやってる。



…正直、役得半分、拷問半分だ。


今も、コンディショナーを髪に馴染ませつつ、頭皮をゆるゆると撫でてやると、凛はうっとりと目を瞑ったまま笑む。


「……気持ちいー……。」

「………………。」


……喰っちまうぞ。このやろう。


内心で呟きながら、オレはぬるま湯でコンディショナーを落とした。


オレが好きだった凛の黒髪は、明るいブラウンになってしまっているが、変わらず手触りは上質。


指をすり抜けていく感触を、オレはしばし堪能した。


「…下向け。」


最後に、肩や首にかかったものを洗い流そうと指示すると、凛は素直に下を向く。
華奢な首筋が惜し気もなく晒され、思わず喉が鳴りそうになった。
…獣かオレは。


「…………、」


煩悩を追いやるようにシャワーをあてていて、ふと目に留まる、傷跡。


凛の白い首筋や肩に、残るソレは、普段なら気にならない程薄くなっているが、今は体温の関係上、薄紅色に浮かび上がっている。


「………………。」


消えろ、と見る度、叫びたくなる衝動が沸き起こる。


ソレが、

コイツが傷付けられた事への嫌悪なのか、
コイツに跡を残せる事への羨望や嫉妬なのかは分からない。


寧ろ両方な気もするが。


「……………、」

「……武藤?」


無防備な首筋を指で辿れば、凛は不思議そうな声でオレを呼ぶ。


髪をかきあげ、白い首筋を晒す。

うっすらと色付くそこに、唇を寄せ、


――――チュ、
「っ!?」


吸い付くと同時に、凛は文字通り、跳ねた。


バッ、と首を押さえ、オレから距離をとる凛に、オレは満足げな笑みを浮かべる。



「…な、なななな、何してっ!!?」

「マーキング。」

「…っ!?」


ぺろり、と見せ付けるように唇を舐めれば、凛は哀れな位真っ赤になった。


その反応と、凛の首筋に残るオレの印に、オレは上機嫌のまま、立ち上がる。


「消えたら、またつけてやるからよ。」
「何をだ!!!」


過剰反応を返す凛に、オレは喉を鳴らして笑った。


傷痕なんて、いらねぇ。

そんなモン、お前に付けたくなんか無い。




刻まなくても、消えたらまた付ければいーんだからよ。


「痛ぇ事はしねーよ。…気持ち良ぃ事だけ、してやる。」
「!!!?」



また、つけてやるよ。



《跡》じゃなくて、
《シルシ》を。


END

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