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じっと見つめると、センセは顔を上げた。


「……ったく。お前さんは外見と中身にギャップがありすぎるんだよ」


不貞腐れた顔で頬杖をつき、センセはため息と一緒に、そんな言葉を吐き出した。
見た目清楚な文学少年なのに……とブツブツ呟くセンセに、オレもため息を返す。


「センセが、いつまでたっても用件を言わないからです」

「最初に無視したのは誰だよ……まぁいい。これについて話し合いに来た」


そう言ってセンセは徐(オモムロ)に、紙を机の上に出した。
見覚えのあるそれは、『今年の抱負を書け』と、数日前のSHRに配られたものだ。氏名の欄に《斎藤凛》と書いてある通り、当然それはオレの。


「何ですか?ちゃんと提出したでしょ?」


今年の抱負って。

色々難しい思春期の少年には、結構きっついお題。鼻かんで丸めて提出したい(捨てないよ?)とこを堪えて、ちゃんと書いたのに。


「あのな……書きゃあ何でもいいって訳じゃねーんだよ」


目の前にズイ、と紙を差し出される。
クセの少ない淡白な文字で、そこにはこう、記されていた―――。


争いを避け、長いものにはまかれ、
長くは記憶に残らない無難な交友関係を築き、

『あいつ、毒にも薬にもならないよな』

なんて言われるような人に、私はなりたい。


「……なぁ、凛ちゃん。『そんな人に私はなりたい』なんて、最後だけ宮沢賢治風に締められても先生途方に暮れちゃうよ。オレは新一年生の未来に向けた輝かしい希望を書いて欲しかった訳で、薄暗い遺書を書けとは言ってないんだ。分かる?」


センセの妙に優しい笑顔が、物凄く癇に触る。

小学生に言って聞かせるように言われて、尚且つ、頭まで撫でられた。
その手を容赦なくたたき落として、オレは冷ややかな目で、センセを睨む。


「抱負を書けって言うから書いたんです。内容にまで口出ししてくるなんて、デリカシーに欠けるんじゃないですか?」

「だってコレ、マジな訳?」

「マジですよ」


まぁ、最後の方はノリだが。


「地味で平穏な学園生活……素晴らしいじゃないですか。十数年後、同窓会で『えっと……ああ!も、勿論覚えているよ。クラス一緒だった……学園祭のお化け屋敷で一緒にコンニャク垂らしてさ、お前ってば、カップルの男の方を如何にして脅かすかに命懸けてたよな?なぁ、内藤!』とか言われるのが将来の夢です」

「お前な……」


力説するオレを、センセは半目で、ジトリと睨んできた。
何すか。オレの素晴らしき人生計画に何の文句が?


「先生。特別、なんてものは案外簡単になれるんです。必要なのは、理性を捨てる事とワンアクションのみ。先生も全裸で都庁に登ってみたら、1日どころか数時間で時の人ですよ。波乱なんて、ほんの少しの事でいくらでも転がり込んでくる。けれど平穏で平凡な毎日は、小さな事をコツコツと積み上げなければならない。何て難しく何て尊いことでしょう」


切々と語るオレに、センセはだんだん俯き、ついには机とお友達。
しくしく泣き真似までしてやがる。ウゼぇ。


「そりゃあオレだって、人並み以上に優れた何かを持っていれば、それを伸ばそうとする程度の向上心は、一応持ち合わせていますよ。でも生憎、オレってば、学力、運動神経ともに、至って平凡。顔も平凡。中身も平凡。ならオレに出来る事は、その平凡さを極める事くらいだと思うんです」

「いや。お前、性格平凡じゃないぞ」

「平凡も極めれば、最早一芸だと思うんです」


言い切ったオレに、センセは『聞いてねぇな……』と苦虫を噛み潰した顔をした。


「……で?極めると、どうなるんだ?」

「んー。そうですねぇ……」


投げ遣りに聞いてきたセンセに、オレはちょっと考えるように視線を彷徨わせる。


昔から何の取り柄もないオレは、自分に何の期待もしてなかった。

けれど、数年前―――。

その地味で影の薄いオレが、ほんの少しだけ、オレ自身の使い道を覚えた。

たった一つの出会いが、オレの全てを変えた。


「……ちょっとだけ、大切な人の役にたてます」


オレの世界に色を取り戻してくれた、大切な人。

その人の顔を思い浮かべながら、オレはほんの少しだけ笑った。
珍しいものを見たと言わんばかりに、センセが目を丸くする。

その表情が、数か月前に見たあの人の顔に、ちょっとだけ重なり、オレは益々笑みを深くした。




『笑ってろ』


あの人の言葉が、今も胸を満たす―――。






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あきゅろす。
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