[通常モード] [URL送信]

Main
2


「何ですか? オレ、早く教室に帰りたいんですけど」


 呆れを隠しもせずに淡々と告げる。
 面倒臭い、という内面は声にありありと現れていた。そんなオレの態度に、Aさんは驚きの表情を浮かべたが、すぐに人懐っこい笑みに挿げ替える。


「くれないの?」


 甘えるような笑顔を、可愛いとは思えなかった。
 男だからとか、自分より大分身長高そうだからとか、そういうんではなく。

 Aさんは、笑顔を浮かべているけど、笑ってはいなかったから。
 
 うん?
 意味分からん?
 オーケーオーケー、大丈夫。オレもよく分からんから。

 まあ、乏しい語彙で表現するなら『目が笑ってない』ってやつ?

 ヘラヘラと笑っているのに、Aさんの目は冷えていた。
 たぶん彼は、自分の使い方と周囲の動かし方を良く理解している。そして、根本的に人間ってものを侮っている。

 だからこそ、見下す目を向けながら面の皮一枚で笑顔を浮かべて見せるのだ。
 ほんと、馬鹿にしてるよな。

 オレもそんな彼に習い、ムカつく気持ちを隠さず、口元だけで哂ってみせた。


「お断りします、と言ったはずですが」

「何で?」


 食い気味に返された。

 今度は薄ら寒い笑顔は浮かべていない。
 無表情でオレを見つめる視線には、威圧感さえ感じる。

 切り替え早いね。まあ、さっきのコピペな笑顔よりは、若干好感が持てるけど。

でも根本の問題で、コイツ好きになれねぇな、と思った。
 だって、礼儀知らなすぎじゃない?


「何ではこっちのセリフですよ」


 オレは眉間に皺を寄せ、大仰な溜息を吐き出す。


「なんでオレが、大事な弁当を貴方にあげなきゃいけないんです。しかも、お願いされた訳でもないのに」


 冷めた目で睨むオレに、Aさんは目を丸くした。
 反抗されるのは初めてなんだろうか。なら説教受けるなんて更にレアじゃない?
 たっぷりくれてやるよ。さあ受け取れ。


「もしかして、自覚もなしですか。救いようがないですねー。あのね、欲しいってゴネるのは、三歳児だって出来るんですよ? ……いや、比べるのは失礼か。三歳児だって、欲しけりゃ『下さい』の一言くらい言えますもんね。アンタと違って。つか、人として最低限の礼儀もなってない相手に、オレも礼儀を返そうとは思わないんで、敬語もやめるわ」

「…………」


 ぽかん、とAさんは口を半開きにしたまま、更に目を大きく見開いていた。
 言葉も出ないんだろう。失礼極まりないオレの態度にキレる事もなく、呆然としている。


「イケメンだからって、何でも許されると思ったら大間違いだから。生憎、オレのなけなしの優しさは、可愛い女の子と身内と、本当に弱ってる人にしか発揮されないわけ。相手が悪かったと思って諦めて。その辺で適当に、アンタのファンっぽい子を派遣するから、とりあえずオレの足、離してくんない?」

「…………」

 言いたいことを一気にまくし立てたが、Aさんからの反応はない。
 無言のAさんは、オレの足を掴んだまま、考えこむように視線を彷徨わせた。いつのまにか、威圧的な空気も霧散している。


「……?」


 つか、離せって言ったのに、聞こえてないんだろうか。
一体何がしたいの、この人。

 振り払って、とっとと歩き出せば良かったんだろうが、つい成り行きを見守ってしまった。
 十数秒経過した頃、俯いていたAさんは顔をあげる。

 オレと視線を合わせた彼は、にっこりと笑んだ。


「!?」

 
 さっきまでとは、全然違う。
 少し幼く見える柔らかな笑顔に、オレは思わず肩を揺らした。

 だって、なんで急に笑いかけてくんの。
 さんざん罵倒した相手に笑顔向けるって、怖くない? サイコパスかな?

 顔を引き攣らせるオレに気付いているのか、いないのか。
 Aさんは満面の笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げた。


「ごめんね? お弁当欲しいです。下さい?」

「………………」


嗚呼。
毒気を抜かれるって、こーゆー事を言うんだな。


思わずオレは、黄昏るように、フッと笑って空を見上げた。

.

[*前へ][次へ#]

16/79ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!