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Aさん改め



「お弁当、マジで美味かったよ。いいお嫁さんになれるねぇ」


いやいや。お嫁さんにはなりませんよ。
つか、なれませんよ?


「Aさんこそ、優しくて良い旦那様になれますよー」


 弁当箱を片付けながら、軽口を返す。
 でもそう思っているのは本当だ。

イケメンだし。カッコいいのに、可愛いし。
それに、ご飯いっぱい食べてくれそうだし。


「嬉しいこと、言ってくれるねえ。……てか、Aさんてもしかしてオレ?」


 光り輝くような美貌に笑みを浮かべながら、Aさんは不思議そうに小首を傾げた。

 おっと、やばい。
 心の中ではすっかり定着してたから、ついうっかり口から出ちゃったわ。てへぺろ(真顔)


「オレ、エーさんっていうよりシーさんなんだけど?」

「え?」


 AさんじゃなくてCさん?
 じゃあBさんは何処へ行ったというんだ。

 目を丸くするオレを、Aさん改めCさんは、楽しそうに眺めていた。


「シーさんて、名前ですか? 苗字ですか?」


 名前か苗字に『し』がつくんだろうと当たりをつけ、オレが問うと、彼は顎に指をあてて斜め上に視線を向けた。


「んー……どっちも?」

「は?」


 どっちも?
 唖然としたオレを見て、彼は満足そうに笑う。


「志藤 静(しとう しずか)。しずかちゃんて呼んでね」


 そう言って志藤静先輩は、軽くウインクした。
 男からのウインクなんて気持ち悪いだけだと思ったが、何故か彼がやると様になる。ただしイケメンに限る、はこんなところでも効果を発揮するんだなあと妙な感心をしてしまった。


「志藤センパイ」

「しずかちゃん」

「……静センパイ」

「しずかちゃん」


 顔に似合わず強情な先輩は、何故か『しずかちゃん』呼びを強要する。
 確かに先輩、なんか可愛いし、彼女とか女友達にはそう呼ばれるのが似合うと思う。でも、それは同学年、もしくは年上に許される待遇であって。
 まかり間違っても、ついさっき会ったばかりの後輩に許されるものではない。


「いやいや、呼べませんて」

「だーめ。あと、敬語もなしで」

「いやいやいや、ハードル上がりましたから」


 なにちゃっかり、難易度上げてくれてんだこの人。
 引き攣りそうな笑顔のまま、拒否の姿勢を貫く。


「……オレのこと、嫌い?」


 しかし敵もさるもの。
 しゅん、と彼は悲しそうに眉を下げる。
 傷つきましたと言わんばかりの顔で、俯く姿はこちらの罪悪感を煽ってくる。この人、分かってやってるなら質悪い。

 憂い顔が色っぽくてずるい、と女子が叫びそうだが、オレからすると、この人『可愛くてずるい』と思うんだよね。

 なんか犬っぽいんだもん。
 さっきの嬉しそうな顔も、今の悲しそうな顔も。

 耳としっぽをペタンとさせて、しょぼくれる犬を見て、嫌いなんて誰が言える?
 少なくともオレは大好きだよ。

 無言でオレを見つめてくる先輩に、オレは心のなかで白旗を上げた。

 ああ、もう。
 負けだよ、オレの負けでいいですよ。

 後々の自分の苦労を思えば、今、この段階で回避しておくべきだとは思う。
 なんせこの人、超がつくイケメンだし。凡人であるオレが、仲良くなって得する事なんて一つもないだろう。
 絶対ファンクラブあるでしょうし、そんなお方のことをあだ名で呼んだ挙句タメ口だなんて、どう考えても自殺行為だよアハハハハハ……。

 そこまで分かっていても、何故かこの人を突き放す気にはなれなかった。


「……嫌いなワケないじゃん。オレ、しずかちゃんの事、結構好きだよ?」

「!」


 しょうがねえなーって諦めを抱きながら笑うと、しずかちゃんは一拍置いて、花が咲き誇るみたいに笑った。
 ドラマか映画のワンシーンのように、綺麗な笑顔なのに……なんでだろ。ワンコがパタパタと尻尾振っているようにしか見えないんだけど。


「君の名前も教えてくれる?」

「ああ、そういや名乗ってなかったっけ。オレは斎藤凛です」

「りんちゃん?かわいい名前だねぇ」


 オレの名を繰り返し、しずかちゃんは嬉しそうに目を細める。
 キングオブ平凡なオレには、あまり似合わない名前だと自分では思うけど、誉めてもらえるのは単純に嬉しい。
 ありがとう、と小さな声で返し、オレも笑う。


「呼び方どーしよう? 凛ちゃんって呼ぼうかな?」

「あ、それは桐生センセと被るよ」

「それはヤダ。……うーん……斎藤凛……サリー?」

「断固拒否する」

「えー。いいと思うのにー」


 それはセンス疑うわ。


「んじゃあ……りっちゃん?」


 微妙ではあるが、さっきの『サリー』よりはマシか。

しずかちゃんは、もう一回『りっちゃん』って繰り返して、しっくりきたのか、キラキラした顔で頷いた。


「よし! りっちゃんって呼ぶからね!」


 ちょっと恥ずかしいけど、しずかちゃんが嬉しそうだし、まあいっか。
 分かったと頷いたところで、鐘の音が校内に響き渡る。
 
キーンコーン……


「お、予鈴。もうそんな時間か」


 オレは立ち上がって、ズボンの埃を手で払う。
 端に避けておいた弁当箱を持って、しずかちゃんを振り返った。


「じゃあ、しずかちゃん。オレもう行くねー」

「うん。……あ! りっちゃん、連絡先教えて!」

「はいはい」

時間が差し迫っているので、少々焦りながらも連絡先を交換する。
ポケットにスマホを突っ込んで走りだしたオレは、角を曲がる手前で振り返って、しずかちゃんに手を振る。


「後で連絡するねー」

「うん。待ってる」


 しずかちゃんは焦る素振りも見せず、ひらひらと呑気に手を振っていた。


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