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04


その想いは少女から女になっても変わらず私の中で蠢き続けた。


『ディールはいつ見ても綺麗だ…』


『フフ、父様の為ですわ』


『嗚呼ディール…本当に君は天使のように美しい。私は君しかいらない、一生私だけの傍に居る天使でいておくれ』


答えは決まっている。
目を細めて、口元をゆっくりと吊り上げる。


『はい、一生お傍に居ます』


私の答えに父様は満足に微笑み、私の頬に触れてキスをした。ゆっくりと背中に重心を掛けて、白いシーツに身を任せた。腕を父様の首を絡み付ける。まるで蛇のように。大時計が時刻を知らせる、その音が耳障りで仕方ない。


『もうこんな時間か…すまないディール、教会に行く時間だ』


『ん…嫌…』


ギュッと腕の力を強めるが、いとも簡単にそれは解かれた。代わりに優しい抱擁をくれた。


『ディールはいい子だろう?悪い子になっては駄目だぞ』


キリシタンの父様は毎週この時間になるといつも近くの教会へ行く。幼い頃行った事があるが、そこのシスターに聖書を読み聞かせされてうんざりした記憶しかない。結局は全て人間の妄想に過ぎない、妄想に取り憑かれた人間達が勝手に祈りを捧げているだけだ。そうだ、父様もその妄想から目が覚めてくれたら私との時間が増える。そうに決まってる。

気が付くと私は忌まわしき教会へと足を進めていた。

ギィ、と扉を最小限に開いて教会内へと入った。ばれては困る、父様に怒られてしまう。ヒールのある靴を両手に持って音が出ないように歩く。
しかし此処は昔と変わらず硝子越しの柔らかな日光が降り注いでいて、とても居心地が悪い。眉を潜めながら歩いていると中央に掲げられた十字架の下に影が見えた。日光のせいで中々目が慣れず暫く目を懲らすと現れた姿。


『と、う…さま…?』


『あ、ん……っきゃあ!』


『ディール…!』


乱れたシスター、息が上がっている父様。なにか行われているのか直ぐに理解した。私のどす黒い感情が暴れ出した。


『父様…私は愛していたのに…父様だけを愛していたのに…許さない、許さない許さない…!父様は私だけの…っ』


『…残念だディール。私はね、悪い子は嫌いなんだ』


目の前が、真っ赤になった。体内に冷たく鋭い銀のナイフが入り込むのを感じる。息が苦しい、体中が熱くなる。朦朧とした視界の中で倒れた私を見下す父様と驚き動揺するシスターの姿がうっすらと見え、プツンと途絶えた。

広がる鮮血に、長く伸ばした灰白の髪がよく映えた。











『ディール、言い付けを守らなかったお前が悪いんだぞ』


そう言って父様は私の死体を撫でる。"私"は棺の中で百合囲まれていて、黒いドレスから純白のドレスに着せ変えられていた。だが死後数時間しか経っていない"私"の腹部には血が滲み出していた。


『マディーさん、お墓の準備…出来ました』


『ありがとうシスター、…これからはずっと君と居られるよ』


抱き合う父様とあの女。憎い憎い憎い憎い憎い!!
あんな女どこがいいの普遍的でとても美しくない。まるで自殺したあの女の様。気色が悪い、吐き気がする。私との約束を破って、私を騙してあの女と交わったと?馬鹿じゃないの、絶対許さない…っ!


『…ッ!な、何だ…!?』


『なに、これ…』


蒼い炎が棺を包む。傷口がみるみると塞がっていく。身体の奥底から感じた事もないような力が沸き上がってくる。そして片腕に鈍い痛みが広がり、黒い入れ墨が浮かび上がる。背中の皮膚が引き裂かれ禍々しい蝙蝠の翼が開く。


『…っ、父様…?…嗚呼、父様に刺された時ね、私とっても痛かった…』


『う、うわぁああっ!!…こ、この化け物が!!』


『酷いなぁ…天使に向かって失礼じゃない?』


女を置いて一人逃げる父様を見てクスリと嗤う。教会の向こうは馬車道だ、手を下さずとも事故死するだろう、元々自らの手を汚そうとは思っていないが。当の女はびくびくと痙攣しながら口から泡を吹いていた。


『おや…心臓発作だ。こうゆうの見ただけでショック状態になっちゃうんだ、初めて見た』


見下してにこやかに笑う。最後の力でこちらを見遣る、その姿に苛つき女を蹴り飛ばした。


『嗚呼、キリスト…憐れな私に救いの手を』


なんてね、と自分の棺に横たわり微笑んだ。






End



あきゅろす。
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