私にはそれはそれは可愛らしい幼なじみがいた。 色白で幼い頃から上品な顔立ちをした彼は三つ年上の私を慕い、いつも後ろをついてきては、瑞季ちゃん、すき。だなんてのたまるのだ。 勿論私はそんな幼なじみのことが大好きで、同い年の子達との遊びよりもこの可愛い可愛い幼なじみとの遊びを優先した。 当たり前だ。だってあの頃、私にとってあの幼なじみは、両親と並んで大切で大好きな存在だったのだから。 だから当たり前だったのだ。 小学校に入学する前の幼なじみに、照れたような表情で「ぼくの花嫁になって」なんて言われて「もちろん!」なんてだらしない表情をして即答してしまったのは。 だってしょうがないじゃないか。 可愛かったんだもん! 私、幼なじみのことそりゃもう可愛がってたんだもん! パパのお嫁さんになるー!なんて娘に言われた父親の気持ちだった。 私も小学三年生で、そう花嫁とかそういうものに対して深く考えていなかったこともある。 だから、あんなに簡単に頷いてしまったのだ。 私は悪くないと、信じたい。 「考え事は終わったか?」 「ごめん、現実に戻りたくないんだけど」 そして、あれから十年もの時がたった。 私は大学生になり、幼なじみの蓮二くんは可愛げもなにもない高校生へと成長した。 あんなに仲の良かった私達は、蓮二くんが小学校高学年になる頃には距離ができていた。 男女の差とは年頃だった私達には大きく、だんだんと遊ばなくなり、蓮二くんが引っ越してからは、互いに忙しくなったこともありまったく会うこともなくなった。 なのに、だ。 この状況はなんだと言うんだ。 「瑞季が現実逃避をしている確率、95%」 「そりゃしたくもなるだろ!幼なじみにいきなり押し倒されりゃあな!」 口が悪いぞ、とたしなめるように、私の腕を拘束していない方の手で私の唇をなぞる。 なんだ、その無駄な色気は。あの頃の可愛らしさはどこにいきやがった。 大学生になり、実家から近い大学ではあるが社会勉強のためと一人暮らしを始めた。 一人暮らしにようやく慣れてきて、大学も楽しくなりサークルにいる格好いい先輩に心をときめかせるような余裕もでてきた、そんな頃だった。 いつものように大学から帰れば何故か部屋に幼なじみである柳蓮二がいた。 え?なんで?と戸惑っている間に腕をひかれ、ベッドへと押し倒され腕を片手で軽々と拘束された。 そりゃ、現実逃避のひとつやふたつしたくなるでしょうよ。 「瑞季、」 「なに?っていうか呼び捨てなんだね」 前は瑞季ちゃん瑞季ちゃんって可愛らしく呼んでくれてたのに。今じゃ可愛げもなにもない低い男の声で瑞季だ。 時の流れって怖い。 「お前との契約を果たしにきた」 「は?」 けいやく。 あまりにもこの状況に不釣り合いな言葉に首をかしげる。 けいやくって契約のことよね。 でも私、そんなこと蓮二くんとした覚えないんだけど。 「忘れたとは言わせない。あの日、お前は俺の花嫁になると約束した」 「………は?」 花嫁、その単語から必死に記憶を呼び起こす。 そして、ひっかかった結果に思わずばかじゃないのと呟いてしまったのは仕方のないことだ。 「確かに約束したけど、あんなの子供のお遊びでしょ?」 「遊びだと思っていたのはお前だけだ。俺は儀式にのっとってお前に求婚し、それにお前は頷いた。これで婚姻の契約はなされた。」 儀式って、と多少電波な幼なじみに引きながら甦ったばかりの記憶をたぐりよせる。 そういえば、なんか変なことしてたような、してなかったような。 「我ら一族の求婚は、生涯に一度だけだ。だから、瑞季、この契約からは逃れることはできない」 私の上でうっとりと微笑んだ蓮二くんの色気にお姉さんは色々とやられそうです。 発言はすごく厨二くさいけど。 残念な美形ってこういう人のことを言うんだなあと蓮二くんの整った顔を見上げ思った。 「契約がなされた印は、お前の体に刻まれているはずだ」 つ、と首筋をなぞられえ、と声が漏れる。 生まれた時はなかったのに、いつからかそこに存在するようになった赤色のあざ。 小さな薔薇のようなあざは場所が場所のためか、良く友人たちにからかわれ嫌だったため、いつしかコンシーラーで隠すようになっていた。 当然、今もしっかりとあざはコンシーラーで隠れている。 だというのに、蓮二くんは的確にあざの位置をなぞっている。 「契約をなすとき、瑞季の手の甲と首筋に口づけた。お前が是と頷いたからこそ口づけた首筋に花嫁の証が浮かびあがった」 「このあざがあるかぎり、お前は俺から逃げられない」 慈しむようにあざのある場所をなでる指先に思わずびくりと震えてしまう。 それに蓮二くんは小さく笑ってから、私の腕を拘束したまま首筋に顔をうずめた……ってちょっと待った! 「れれれれれんじくん!それはやだ、そういうのは、だめだよ!」 あーるじゅうはち的な展開は駄目じゃないか流石に。 っていうかどう考えても駄目だろう。 抵抗する私に驚いたのか、蓮二くんは顔を首筋から離し、ああ、と納得したように頷いた。良かったわかってくれたみたいで。 「ただお前の血を貰うだけだ安心しろ」 「なにそれ全然安心できない!」 血を貰うってなんだ、まるでそれじゃ蓮二くんが吸血鬼みたいじゃないか。 蓮二くんと吸血鬼か。 なんか変に似合ってて嫌だな。 「瑞季が俺を吸血鬼のようだと考えた確率、92%」 「そして、その考えは正解だ」 その確率確率言うのはくせなの?蓮二くん。 なんて言えるはずもなく、艶やかに笑ってみせた蓮二くんの犬歯は、たしかに人よりするどく尖っていた。 「きゅう、けつき」 蓮二くんが、見せつけられた犬歯は確かに吸血鬼のようだった。でも、吸血鬼って太陽あたれなかったよね?それに十字架もにんにくも駄目だったような気がする。 いつの日が柳家で出てきた餃子を思いだしながら、やっぱりと蓮二くんの嘘にため息をついた。 「ついでに言うが、それは迷信だ。人の世で生きていくのにそれでは都合が悪いだろう。我々と人との違いは血で命をつなぐかつながないか、それだけだ」 からかわないで、と怒ろうとした私をみすかすように蓮二くんは静かに語る。 嘘にしては、わかりやすすぎるし、くだらなさすぎる。 多分蓮二くんならもっと上手くバレない嘘をつきそうだ。 冗談にしては、あまりにも蓮二くんが真剣すぎてまったく笑えない。 「我ら吸血鬼は花嫁の血で命をながらえる」 静かにおとされたその言葉は波紋となって私の中で広がる。 いのちをながらえる。なら、花嫁の血がもらえない吸血鬼は? あまりにもくだらない、頭がお花畑な内容の話を信じてしまっている自分がいた。 それほどまでに、こんな突拍子もない話を信じてしまうほどに蓮二くんは真剣だった。 嘘でしょ、とか冗談やめてよ、とか笑いとばせるような雰囲気は、そこには無かった。 「俺は花嫁を得たが、まだ子供だったから他のもので補えた。だが、十六の成人を迎えようとしている今、体は花嫁の血を求めるようになってきた」 「花嫁がいながら、その血を与えてもらえない吸血鬼は狂う。その果てにあるのは死だ」 蓮二くんが、死ぬ。 他にも疑問はあったが、私の心に突き刺さったのは蓮二くんの死を示唆する言葉だった。 確かに、仲が良かったのは昔の話だ。 ここ三年ほどはほとんど顔を合わせることもなかった。 だけど。 だけど、蓮二くんは私の大切な幼なじみなんだ。 家族と同じくらい大切にしていたあの頃と同じとは言えないが、蓮二くんのことを大事に思っているのは確かなのである。 「瑞季、」 苦しげに、蓮二くんが私の名を呼ぶ。 「すまない、瑞季」 ああ、もう。 そういえば私は今まで一度だって蓮二くんのお願いを聞かなかったことなんてなかった。 弱いのだ、昔から。 蓮二くんの“お願い”には。 「蓮二くん、」 仕方ないのか、と諦めた。 私の血と蓮二くんの命なら、当然蓮二くんの命の方が重い。 「いいよ、でも手加減してね」 「すまない、」 蓮二くんは苦しそうに笑って、それからもう一度すまないと謝った。 謝らないで欲しいのに、そう思いながら首筋に埋まる蓮二くんの顔にそっと瞳を閉じ、丁度痣がある部分に立てられた犬歯にもう抑えられてない手のひらに力をこめた。 吸血鬼な柳って良いよね!って話。 誤字訂正しました。思い込みって怖い。 あと柳引っ越してた設定忘れてたのでそこの部分だけ書き直し。 あと名前変換できてないじゃん!と気づいて死にたくなりながら訂正。 焦って書いたとは言えこれはないわ。 読んでた方本当に申し訳ありません。 |