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ふたつめ



夏が始まった。
今年の夏は例年よりも暑くて、さすがに辛いが、静蘭に抱きつくことは止めない。なぜならそれは私の使命だからです。



「使命とかどうでも良いので離れて下さいませんか」

「え、私と静蘭は一心同体でしょ?」

「なった覚えは一切ありませんが」

「やだ静蘭たらおちゃめさん!」



昔なじみだと言う燕青が来てから苛々することが多くなった静蘭。
でもそんな静蘭も素敵!と更に抱きつけば、暑苦しいです、と容赦なく剥がされた。悔しい。



「もう!静蘭のいけず!私燕青に抱きついてくるんだから!いいの?止めなきゃ行っちゃうよ、私。本当に良いの?」

「ご勝手になさって下さい」

「ばか!静蘭のばかばかばか!でもそんな静蘭も好き!ばか!」



なんて叫びながら、飛び出せば、ちょうど噂してた人物に遭遇した。
タイミング良いなあ、本当。



「お、ちい姫さん」



元気だなあ、と走って来た私の頭を撫でながら、ニカリと笑う。
ふっふっふ。私はその髭の下に隠れてる美形顔を知ってるんだからな。
なんてニヤリと笑いながら、私はその手を享受した。
頭を撫でられるのは好きだ。だってなんだか安心する。



「燕青、姉様と一緒じゃなかったんだねぇ」



珍しい、といつも姉様と一緒に居る燕青が私の所に居るのが不思議で首をかしげる。



「ああ、ちい姫さんとも話したかったしなぁ」



ニカッと笑う燕青は、髭ボーボーでも格好良く見えた。
ワイルド美人め!なんて内心でキャアキャア騒ぎながらそっかあ、と笑う。



「私と話したいって人は珍しいから嬉しいな」



一応私、変態とか変人とかで通ってるしねぇ。
内職派だからあんまり外で仕事しないし。
変態+引きこもり=関わらない なーんて方式ができててもおかしくないよね。
私だったらそんな人関わりたくないし。



「そうか?俺はちい姫さんと話すの好きだけどな」

「やだ本当?ありがと燕青!」



燕青の優しさ、無限大。
なんて感動しながら、二人で日陰へと移動する。
あー。文明の利器が恋しいなあ。せめてかき氷器でもいいから落ちてこないかなあなんて暑さに参りながら考えた。



「なあ、ちい姫さん」

「なにー?」



二人でぼうっと何にも残ってない庭を眺めていれば、燕青がそっと沈黙を破った。
話したいって言ってたしなあ、なんの話しだろう、と燕青に顔を向ける。



「どうして静蘭にあんなことするんだ?」

「えー?何?燕青もして欲しいの?しょうがないなあ、燕青いい男だし。全然いけるよー!」

「お!やっぱちい姫さんは俺の魅力わかってんなぁ」



けらけらと笑いながら、燕青に答えれば、優しい燕青はそれに乗ってくれる。

まあ、嘘ではない。
燕青がいい男なのは事実だし。
あー。早く髭剃らないかなあ、そのご尊顔が拝みたい!なんてこの夏の終わりがなかなか楽しみになる。



「ちっせぇ頃からああなんだろ?姫さんが言ってたぜー」



さらりと戻った話しに、まあそりゃあからさまな誤魔化しだったもんなと苦笑。
なんでそんなこと気にするんだろうか、と思いながら、そっと目を伏せた。



「静蘭の仏頂面を壊すため」



この世界に前世の記憶を持ったまま、紅秀麗の妹として生まれた私。
出会った静蘭は、感情をどこかに落としてきたんじゃないかってくらい、無表情で。
どうしてかその無表情が気に入らず、壊してやろうと始めたのがセクハラだった。



「抱きついて、腰なで回しながらさ『いいこちちてりゅ』って言った時のあの静蘭の表情!もう今でも覚えてる」



信じられないものを見るように目をかっぴらいて腰に張り付く私を見下ろした静蘭は本当に面白かった。
母様もさすがじゃ真奈!って爆笑してたし。

ふふっとそれを思いだして笑えば、ぽすんと頭に手を乗せられた。



「良い子だな、ちい姫さんは」



なんてひどく優しい顔をして頭をなでる燕青に、そうでしょ?と笑ってすりよる。



「まあ、今は趣味みたいなもんなんだけどね」



広い燕青の胸にそのまま顔を埋めれば、さりげなく背に回った手に、さすが彩雲国いち旦那様にしたい男!と舌を巻いた。



趣味みたいなもの。

そう、それで良い。そこにあるのは、恋愛感情ではダメなのだ。

静蘭にセクハラして、キレさせて、追っかけられて。

ただ、それを楽しんでるだけ。それだけ。

静蘭は姉様を愛して、姉様のために朝廷へと戻る。

もともと私の入る隙なんてないんだから。

芽生えたものに蓋をする。
絶対に気づかないように、絶対に気付かれないように。



「そうか、」



燕青は真奈の押し殺している感情に気付きながら、それでも、何も言わずただその背を撫で続けた。







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