乙女心と下心。 [直蛍]
「あれ、帰んの?」
玄関に座って如何にも着脱が面倒臭そうなブーツに足を突っ込んでいる背中に問い掛ける。
「うん。早く帰らないと、寝るの遅くなっちゃうもん。」
答える声はいつもより少し高めの少女のような声、話し方も少し女の子らしく。
こうしてると本当に女の子みたいだ。
「じゃあ、俺、送ってくわ。」
ブーツの横のスニーカーを突っ掛ける。
「え? いいよ、別に。一人で帰れるし。」
靴を履き終えた蛍は、立ってスカートの裾を直しながら遠慮した。
それでも俺は爪先で床をコンコン、と叩いて靴をしっかり履いて言う。
「送ってくって。危ねえだろ。」
すると蛍はきょとんとした表情で小首を傾げた。かわいい。
「何で? そんなに距離ないし、男だし、大丈夫だよ?」
「‥‥お前、自分がどんな格好してるか分かってる?」
問われて、蛍は鷹揚に頷いた。
「ゴスロリ。」
「そーいうことじゃなくて、どんな姿かってことだよ!」
「ん‥‥ゴスロリ。」
「じゃなくて女装だよ! お前、そんな格好してたら誰だって女だと信じて疑わないし、何よりそこら辺の奴よりかわいいんだ、夜道を一人で歩いてたら襲われるぞ。」
びしっと説教したつもりだったのだが、何を思ったのか、蛍は頬を少し赤らめて微笑んだ。
思わず手を出しそうになるかわいいさだ。
やっぱり一人で帰す訳にはいかない。
いや、むしろ帰さない。
などと考えていると、蛍は両手を口許で合わせ、指先を軽くクロスさた可愛らしいポーズで、こてん、と首を少し傾けた。
「かわいいって、思ってくれてたんだ?」
何とも嬉し恥かしみたいな声音で問う。
わざとやってんのか、それ。
だとしたら、ここはもう押し倒すべきか。
ここで押し倒さなきゃ男じゃねえ、か?
いや、でも蛍は男だよな。男を押し倒すのは男のすることじゃないような。
あれ? ていうか、蛍って男だっけ?
入学式の日の自治寮で一緒に風呂入った記憶にモザイクがかかる。
男‥‥だったよな?
ガキの頃、一緒に行った海水浴。
学校の水泳の時間。修学旅行の温泉。
おかしいな、見てるはずなのに全部靄がかかって思い出せないぞ。
ああ、頭が思い出すのを拒否してんのか。
もう男でもいい。
ていうか蛍って男だっけ?
そう言えば美里さんや川浜さん、蛍も守備範囲内っぽかったしな。うかうかしてると誰かに盗られるかもしれない。
やっぱここは部屋に連れ戻して押し倒すか。あと、周囲に蛍は俺のだって示しまくらないと。
「ねえ、沢木ってば!」
「へっ?」
強く肩を揺すられハッとする。
「‥‥じゃあ僕、帰るから。」
告げる声は先程よりも幾分低めの拗ねたような声、話し方にもトゲがある。
最新の記憶での蛍とは180度違う態度で唇を尖らせてる。
なんか、やっぱ女の子みたいだ。
「待てよ!」
玄関を出て行こうとする蛍の手首を掴んで、ぐっと引く。
倒れて来る蛍の体に腕を回して一緒に玄関に倒れ込んだ。
「夜道は危ないっつってんじゃん。」
蛍の手首は掴んだまま、回した腕は蛍の背中の下敷きで、俺は肘と膝で体を支えて蛍に体重がかからないような体勢を取る。
体重なんかかけたら、折れちゃいそうだ。
蛍と俺の距離は、俺の肩から肘の長さ。
鼻が触れ合うほどの至近距離。
「‥‥離して、」
「なに、怒ってんだよ。」
「怒ってない。」
「嘘だ、絶対怒ってるだろ。」
「怒ってない、ムカついてるだけ。」
「違いがわかんねえんだけど。」
ばか、と小さく呟いて顔を背けられてしまった。と同時に、蛍の首筋が目についた。
俺は吸い込まれるようにその首筋に唇を落とした。
「えっ? ちょ、さ、沢木!?」
白昼堂々店の前でキスするくせに、蛍の慌てようがかわいくて、少しおかしかった。
首筋から少しずつ上っていって、耳元でわざと、ちゅ、と音を立てて口付け囁く。
「蛍、かわいー。なあ、何でムカついてんの?」
すると蛍は、潤んだ瞳を一度きゅ、と閉じてから言った。頬はきれいな桜色をしていた。
「沢木は‥‥僕を、かわいいって思う?」
「そりゃ、思うだろ。」
たぶん、俺じゃなくたって、誰もがそう思うことだろう。
「そっか。うん、それなら僕は、別に何もムカついてないし、怒ってないよ。」
「なんだそりゃ。」
一呼吸置いて、零れそうな下心を包み隠さない爆弾を投下した。
「今日さ、泊まってかねぇ?」
「‥‥夜道より沢木の方が危険だよ。」
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はい、遂にもやしSSをあげてしまいました!
分かりにくかったかもですが、蛍は自分のことをかわいいって思ってくれてたのかと訊いたら、沢木が自分の世界に入り込んでしまったがために、突然黙り込んで答えてくれなかったから、拗ねたんです。これがタイトルの乙女心の部分です。
下心の方は沢木の思考回路、全体的に。
なんかもう、キャラ掴めてなさすぎて誰だよこいつら状態ですが。
因みに、最後2行のやり取りが書きたかっただけだったりして。ぇ
文章、所々変ですが、気にしない方向でお願いします‥‥。
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