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雨にたゆとう
ゆらゆら、ゆらゆらと私はたゆとう。
私は海の中にいるのだ。海藻も魚も見当たらない、ただ一面に青が広がっている。
ゆらゆら、ゆらゆら。
――嗚呼、きっと私は海月になってしまったのだ。
人間だった時のように何も考えず、ゆらゆらと漂う海月。このたゆたう感覚はなんとも心地好い。
ゆらゆら、ゆらゆら。
だんだん沈んでいるのだろう。明るかった青はだんだんと暗くなり、今や周りは紺色と呼ぶに相応しい。沈んでいるのに恐怖感はなかった。寧ろ羊水に浸っているような安心感さえある。
――嗚呼、このまま私は海月となってたゆたい続けるのだ。
それはとても素晴らしいことだと思った。

******

ざぁざぁという音に目を開けた。波?否、雨音だ。
寝転んだ体勢のまま窓を見れば雨が窓ガラスを叩いていた。そして私の傍には芥川の幽霊が座り込み、和綴じの本に目を落としていた。
「…中禅寺?」
はて此処は何処だったか。京極堂の座敷ではない、私の自室だ。
今はあまり呼ばない名前を呼ばれた芥川の幽霊は相変わらず文面から目を離さずに小言を言う。しかしその小言も寝起きの頭ではろくに入らず、意識の表面を滑り落ちていくだけである。
「――さっきまで僕は海月だったんだよ」
ぼそりと呟いた言葉に京極堂は片眉を上げる。促しているのか。
「ただ青が広がる海にゆらゆらとたゆたうんだ。そして沈んでいく」
瞼を閉じる。まだ夢の中にいるような錯覚。否、もしかしたらこちらが夢なのかもしれない。
「君は海が嫌いだったんじゃなかったかね?」
「嫌いだよ。でもその海とは違う海に包まれるんだ」
母なる海とはああいうのを言うのだろうか。全てを内包するあの感覚、安心感。
ふと瞼に僅かな重みを感じると同時に、瞼越しの光が遮られた。これは京極堂の手だろうか。
「京極、堂?」
意図がわからず、名前を呼べば「もう少し寝ていたまえ」と言われる。
じんわりと伝わる体温に意識が再び輪郭を消していく。
あの海も心地好かったが、この体温も中々に心地好い。
「雨が降っているから来てみたが、杞憂だったようだ」
ぼんやりとする意識の中で彼はぽつりと呟いたのが聞こえたが、私にはよくわからなかった。



寝起き関と中禅寺呼びな関は大変萌えます。個人的に。
古書肆は雨が降ってて、文士が鬱になってるんじゃないかと心配で様子を見に来たようです。
京極文の表現は…困る←


あきゅろす。
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