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お前のいないこの世界で

今日も津軽はサイケの元を訪れていた。
昼間にも関わらず、カーテンを閉めきった部屋は暗い。にもかかわらず、何故か津軽にはサイケの姿が見える。
それは本来ならば常のことだった。しかし、津軽は今更ながら幾つものおかしな所に気付く。

津軽はこの部屋に何度も通っているが、彼、サイケ以外の人物に会ったことがない。そもそも、この部屋に来るまでの道が思い出せない。まるでその道が元から無かったかのように。

「…なぁ、サイケ」
「なぁに?」

津軽は自分が感じた違和感を口に出そうとする、が、頭の片隅で言うな、口に出すなと警告が聞こえた気がした。
言うな。言ってしまったら終わってしまう。と。
だが、津軽はその警告を無視した。
緊張で渇いた喉から発した言葉は、少し枯れていたかもしれない。

「…お前は、何なんだ?」

津軽の言葉にサイケはきょとんとし、次にくすくすと笑い始めた。

「気付いちゃったんだね、津軽」
「な…なんだよ」
「気付かなければよかったのにな。そうすれば俺も津軽も寂しくなんかないしさ」

くすくすと笑いながら答えるサイケに薄気味悪さを感じた。

「何なんだよお前は!?」
「わかってるんじゃないの?俺は君のサイケデリック。幻覚だよ」

津軽は何も言えなかった。本当はサイケの言う通り頭の隅ではわかっていたのかもしれない。
ただそれを認めたくなかっただけで。
サイケという人間はいないという現実を認めたくなかっただけで。
だがサイケは津軽に現実を突きつける。

「津軽、サイケは、俺は存在しないんだ。津軽の幻覚なんだ。君が孤独を恐れたから、依存を求めた結果の幻覚。それが俺だよ」
「…嘘だ」
「嘘じゃない。これが君が目を背けてたこと。でもね…」

――でもね、俺が津軽を好きだったのは幻覚じゃないよ。

そう言ったサイケの瞳には悲しげで、いつもの癖か津軽は彼の頭を撫でようと手を伸ばす。が、サイケは伸ばされたその手を取り自らの両手で包み込み。

手の温もりを感じるというのに彼は幻覚なのだ。
それとも、この温もりさえも幻覚なのだろうか。

「…サイケ」
「津軽…ごめんね」

何に対しての謝罪なのかを尋ねる前に津軽の視界がサイケの手によって遮られる。

「…津軽」

――大好きだよ。

耳元で囁かれた言葉。その言葉を口にする彼はどんな表情をしていたのか。それを見ることすら出来なかった。

「サ…イケ」

ふっと自分の視界を遮っていた手が消えると同時に、瞼越しに光が目を射す。

津軽が目を開けば、そこにサイケはいなかった。
それどころか風景も全く違っていた。
いつもの暗い部屋ではない。何年も誰も住んでないような、しかし一般家庭より広い部屋であった。

これが元々の部屋なのか、と津軽は考える。そしてふと自分の指先に何かが当たった。

何かと思い、見やればそれは、サイケがいつも装着していたピンクのヘッドフォンであった。

それは彼が、サイケが存在していたという証。その証を津軽は抱きしめた。

津軽の手に涙が数滴落ちた。



後日、調べれてみればサイケに関する情報はすぐに集まった。
なんでも部屋から出れない若い男が、若くして一人寂しく死んでしまったということだった。

「…気付かなければよかったな」

何故気付いてしまったのか、津軽は青空を仰ぎ一人、溜め息を吐いた。
彼の手には愛用の煙管と、彼には似合わないピンクのヘッドフォン。

気付かなければきっと今も彼と一緒にいれたのだろう。
津軽はあの時口にしてしまったことをとても悔いており、自問自答を繰り返していた。
何故、何故と自問するが、答えは一向に見つからないままだ。

「お前ならわかるのかな…」

なぁ、サイケ。といない人物に問い掛けるが当然返事が返ってくるわけでもない。

その事実に津軽は自嘲の笑みを浮かべ歩き出す。

お前のいないこの世界で
(俺は今日も生きていく)



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ふざけて題名を付けるなら『サイケ臨也の消失』www



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