見えるだけが全てじゃない
「…ついに見えなくなっちゃったか」
真っ暗な視界の中で俺は一人呟いた。
光がないと言うだけで見慣れたはずの自室が全く別の場所に思えてくる。
徐々に失っていく視力にあまり恐怖は抱かなかった。ただ、あの男の金糸の髪が、琥珀の瞳が見れなくなるのが残念だと思った。それだけだった。
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感覚を頼りに俺はいつの間にか池袋に来ていた。
なるほど。足裏から伝わる点字ブロックの有り難みがよくわかった。次からは杖でも使った方が良さそうだな。
ふらふらと池袋を歩いていれば「いーざーやーくんよー」と聞き慣れた声が聞こえた。
「シズちゃん、相変わらず俺見つけるの好きだよねぇ。なに?俺に惚れてるの?」
声のした方を向いていつもの軽口を叩いたつもりだった。
「…手前、どこ見て喋ってやがる」
しまった。どうやら方向感覚が狂っていたらしい。
「あははっ!シズちゃんどこいるのかな〜?声はするのに姿が見えないや」
あくまでもいつも通りに軽口を叩く俺に、近づく人の気配。
すぐ目の前まで気配が近付いたと思えば、指が頬に触れる感触がした。
「臨也、手前見えねぇのか?」
あぁ、相変わらず単細胞の癖に鋭いな。
「だったらなに?殺す?殺すなら絶好の機会だよねぇ」
「目見えねえ奴殺してどうすんだよ」
「へー優しいんだね、シズちゃん」
「その呼び方はやめろ」
いつもと同じにも聞こえるが、いつもより覇気のない彼の声。
なんだかそれが気に食わなくて俺はそろりとシズちゃんの頬に手を伸ばした。
伸ばした手からシズちゃんがびくりとした感覚が伝わる。そのまま頬に触れれば滑らかな感触と、温もりが伝わってきた。
シズちゃんが何も言わないのをいいことに、俺は彼の顔を確かめるかのようになで回す。
頬に、鼻に、顎に、目元に、そして癖のある髪に触れる。
傷んでいるのに柔らかい髪の感触は指に心地よい。
「シズちゃんの髪って傷んでるのに柔らかいよね」
「うるせー」
彼に触れながら俺は自分の想いを、墓の中まで持っていくつもりだった想いを告げた。
「シズちゃん」
「…んだよ」
「好きだよ。愛してる」
俺の目にはもちろん彼の表情は映らない。けれども、ぽかんと呆然としている気配は伝わる。
「え、…あ」とか言葉にならない言葉を連発して混乱しているらしい彼の頬に触れれば、先程の温もりもより温かい、いや、熱さが伝わってきた。
きっと彼の顔はゆで上がったかのように真っ赤なのだろう。
そう思うと視力を失ったのが少し悔やまれる。けれども、シズちゃんのこの頬の熱も、感極まって抱きついてしまった際に聞こえたはねあがる心拍を思うとそんな些細なことはどうでもよくなってしまった。
本来なら視力を失ったことに失望するべきなのだろうが、シズちゃんが小さく呟いた「俺も…愛してる」という言葉を聞いたら失望どころか、俺はきっと今世界で一番の幸福者だと確信した。
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むーちゃん宅での茶会ログをちょこっと改訂。
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