(一周年記念)ままごと遊び*3
『いてきまぁぁぁ〜すぅ』
小さい子供特有の甲高い可愛らしい声。さらにそのトーンで、必要以上の大声が木霊する。
しかし、これが名前にとっての日常のテンションであり、いつも身近にいる草壁にとっても特に気になる事はない。逆に、名前の声が小さい方が、体調が悪いのではないのかと心配するに違いない。
いつも元気な名前が遊びに出掛ける前、草壁はいつもの如く名前へ掲げる注意事項を伝える。
「名前さん。いいですか、
知らない人に付いて行かない。
公園以外の場所に行かない。
変な冒険をしない。
空の色が少しでも夕焼け色になったら帰って来る。
以上。この約束を宜しくお願いします」
『はあぁぁ〜い』
選手宣誓をするかのように、右手を掲げ返事をする名前の姿に草壁は頷くと、名前に小さなリュックを背負わせ送り出す。
笑顔で歩き出す名前の後から、ヒバードがパタパタと飛んで付いて行く。
「行ってらっしゃい」
ちゃんと約束事項を守ってくれるといいんだが…。
草壁は、そんな希望的思いを胸に名前を見送った。
『こっこっ、こお〜えん♪いってぇあそびましょぉ〜。んままごとぉ〜』
「コウエン コウエン」
名前の即興オリジナルソングに、微妙な合いの手を入れるヒバードの声にはしゃぎ、名前のテンションが更に上がる。
『お〜しぃ。ヒバードぉぉ〜、こおえんまできょうそうよ〜ぉぉぉっ』
走り出す名前。
しかし、飛んでいるヒバードに敵うはずも無く、ただヒバードを一生懸命追い掛けるだけの形になっているのだが…本人はその点に気付きもせず『きゃあぁぁ〜っ』と、喜びの高い悲鳴を上げて走っている。
猪突猛進な名前が、回りに気を配る筈もない。
不意に道の脇から現れた人物にぶつかり、ヒバードとの競争は一時中断された。
『ふうわぁぁ!?』
不意に目の前に障害物が現れた事により、勢いが止まらずにぶつかった衝撃で、名前の体は後ろにコロリと転がって尻餅を付き、びっくり眼で目の前を見上げた。
『ふぇ…?』
「おやおや。何がぶつかって来たのかと思えば…猪ですか?」
『う!?あ〜っ。ムック〜っだぁぁぁ』
驚いた顔の名前を、呆れた顔で見下ろす骸。
『ん?いのししちがうよ、名前だよぉ?』
骸の言葉に、天然的突っ込み。
「クフフ。猪なみの突撃でしたから。間違えてしまいました。ああ、猪では大人ですから、そう、瓜坊ですね」
「うりぼーなに???ちがうよー名前だよぉ」
「クフフフ。冗談ですよ、名前。大丈夫ですか?」
尻餅をついたまま抗議する名前に、そっと手を差し伸べる。
『うん。ばあぁぁんて、ぶっかってびっくりしたけど、だいじょぶっ』
元気に笑いながら骸の手を取って立ち上がると、骸は、名前に怪我が無かったかと、服の汚れを払ってやりながら確認をする。
『だいじょぶよぉ?』
「一応確認しておかないと。雲雀君に、僕に打つかって怪我をしたなんて因縁を付けられたら嫌ですからね」
『いんね??う…なに?』
「因縁です。ん…言うなら、雲雀くんのよく言う、咬み殺すと言う所ですね」
『ふぇ!?きょうやくんはぁ、んなことしないよぉぉぉ〜』
名前の怪我の確認を続けながら、クフフと笑い「そうでしょうか?」と尋ねる骸に、力強く頷く名前。
『うん!きょうやくんはぁ、とおぉ〜っても、やさしいんだよおぉぉ』
その力説に更に笑う骸を、名前は不思議そうな顔で覗き込む。
「クハハ。名前は、面白いですね」
『ん?』
「雲雀くんが優しいのは、名前限定でしょう。まあ、特定の人物だけだとしても、あの雲雀恭弥が、人に優しいと言う時点で驚きなんですけどね」
呟くように話す骸をただ見詰める名前に、笑い掛ける。
「おや、右の手のひらが少し擦りむいていますね」
どうやら尻餅を付いた時に、右で体を支えた形になって少し擦りむいてしまったようだった。
骸の指が、名前の擦りむいた手のひらの場所を避けながら、そのフニッとした小さな手に触れる。
『だいじょぶ!いたないよぉ』
本当は、擦りむいたのを発見された時点で、急にズキズキとした名前だったが、自分からぶつかってしまったのと、先程、骸が雲雀に咬み殺されるといった言葉もあり…言い出し難い。
きょうやくんはぁ、かまない…けどぉ…。
と思いつつ。
チラリと骸を見る。
「ん?」
『むっく…かまれちゃう?』
おずおずと聞く名前。
「おや?雲雀くんは、咬まないんじゃありませんでしたか?」
『う゛…。んなないよ、かまないよぉ。きいただけよぉ』
ワタワタする名前が面白くついからかってしまう。その動きがまた面白く、本気で笑い始めてしまう骸。
「クハハハハ。本当に名前は、面白い」
何故笑われているのか分からない名前。可笑しい所など何処にもないのに。
それよりも、骸の心配をしていると言うのに…。
『おかしいないよ!!むっく笑わないのよぉ!』
骸はそれでも笑いが上手く止まらないようで、笑いをかみ殺しながら、頬をぷぅと膨らませ抗議する名前の頭をクシャリと撫でる。
「ああ…すみません。僕を心配してくれてるんですよね」
『だってね、かまれちゃったら、すごーいたいでしょ?』
「いや、雲雀くんの咬むと言うのは…噛み付くのとは、微妙に違う気がしますけどね」
『う?ちがう?かんじゃうだよ??』
キョトンとする名前。骸は、名前の手をフニフニと触りながら、クスリと笑う。
「大丈夫ですよ、僕は、咬まれる前にちゃんと回避できますから痛くなりません」
『だいじょぶ??』
「ええ」
とりあえず大丈夫で在る事に安心すると、擦りむいた手のひらをチラリと見る。
『あんね』
「ん?」
擦りむいたてを骸に向けると…。
『ほんとこと、てぇ…いたいの』
ヒリヒリとした手を向ける名前。
「ああ、やはり我慢していたんですね。僕は、ちゃんと言ってくれる素直な子が好きですよ」
『ほんとぉ?とぉ…すなおなこ、好き?と、わたし、すなお??』
「ええ。ちゃんと痛いって教えてくれましたからね」
そう言って、骸は褒めるように名前の頭の上にポンポンと手を乗せ軽く撫でてやると、屈託の無い笑顔を向ける名前。
『わたしもぉ、むっくだいすきぃぃ』
「は?」
骸としては、言葉の綾で言っただけの事だったのだが、幼い名前は骸の言葉を素直にそのまま受け止め、ストレートに自分の思いをぶつけて来る。
その名前の素直さに、骸は対応に戸惑い居心地悪い気分もあり、微かに眉を潜める。
『むっく?どしたの?』
「まさかそんな返しが来るなんて思いませんでしたから。良くも悪くも、名前はストレートですね。そこが僕には、何と言うか…上手く言えませんが…」
僕には真似出来ない、眩しい程の素直。
骸の言葉は、言葉半ばで自分の中へと飲み込み、ふと名前に感じた言いようのない思いを誤魔化す様に、名前の頭を撫でてその柔らかい髪を堪能する。
名前の方と言えば、骸の言いたい事が全く分からないものの、骸が好きだと言ってくれたのが嬉しいと思い、自分も大好きだと伝えた事が嬉しく、そして頭を撫でられ気持ち良いのとでご満悦。
「名前をカタカナで、名前をカタカナで、コウエン」
この二人のほのぼのとした空気の中、今まで沈黙していたヒバードが、名前の肩に乗りながら言葉を繰り返す。
『そだ、こおえんだぁ』
「イコ、イコ、ヤクソク パイナポージャマ、ジャマ 名前をカタカナでコウエン」
ヒバードの言葉に、名前は肩の上のヒバードをちょんと突っつく。
『ヒバードぉ。パイナポーなにぃ?』
骸=パイナポーであるのだが、骸の事を攻撃していると思わない名前は、ヒバードぉへんなのぉ〜とクスクス笑っている。
ヒバードの態度に、眉を顰める骸。
「名前。公園よりも、傷を消毒方がいいですね。公園はその後に行けばいいんじゃないですか?」
『う…』
擦りむいた手を眺めながら、その提案に悩む名前。
「どうしました?傷口からバイ菌が入ったら大変ですよ?」
『ばいきんん!!』
「そこまで大きいリアクションは要らないと思いますけど…さぁ、行きましょう」
『あんね、むっく…てつさんにないしょね?』
出掛ける前の約束。
公園以外の場所は行かない。
公園と違う場所に向かうのに躊躇する。
名前は、草壁との約束項目を骸に教えると、「骸も大丈夫です。ないしょにしておきますよ」と約束してくれ、ホッとする。
「それにコレは、不可抗力ですから。さぁ行きましょう」
『うん』
骸に背を押され歩き出そうとした名前だったが、ふとキョロキョロとする。
『あれ?ヒバードぉどこ?』
先程までいたヒバードが、いつの間にか居なくなっている。
『ヒバードぉ…どかいっちゃった…』
周りを見回すが、やはりヒバードの姿は見つからない。
どこにいっちゃったんだろ……?
骸は、この場所から一番近いツナの屋敷へ名前を連れて行くと、リビングで傷の手当てをしようと、消毒液を染み込ませた脱脂綿を名前の傷口に近づける。
それをジッと見詰める名前。
『ふおっ』
「ん?」
まだ消毒液が傷口に触れる随分前で声を上げる名前。その声で、一瞬骸の手が止まるものの、また直ぐに傷口へと動かす。
『ふお〜っ』
ぴた。
『う〜っ』
ぴた。
「名前。まだ消毒前なんですが、そのリアクションがあるとどうもやりヅライんですが」
『だってね、それつけっとね、う〜ってなんだよ』
しかめっ面を骸に向け、その消毒液の沁みる度合いを表現する。
「そんなには…なりませよ」
『なんもん』
「じゃあ、こっちを見ないでいたらどうです?そうすれば、あっと言う間ですから」
骸の提案に小さく頷き背けるものの…やはり気になりチラチラと見てしまう。
そんな名前に、呆れながらもどうも憎めない動きが面白い。
『名前』
「ふえ?」
骸の空いた方の手が、不意に名前の頬に触れ、顔を骸の方へと固定されてしまう。
急に何が起きたのか分からずキョトンとした顔を向ければ、骸のオッドアイの瞳が名前を捉える。
なんだか、フワリとした感覚を感じた所で、再び名前を呼ぶ骸の声。
「名前。終わりましたよ」
『はれ?おわた?なに?』
「消毒完了です」
『ふぇ?いたなかった…』
「だから言ったでしょう?」
不意打ちの骸の動きに名前気が逸れた隙をつき消毒をしてしまった。後は、傷口へキズパッドをペタリと貼る。
『むっくすごぉ…』
キラキラと尊敬の眼差しを送る名前。
「そ、そうですか?」
大した事をした訳でもないが、名前は目一杯感動している。
『むっくすごぉい。う〜ってなんないの、すごぉーうれしもん。むっくはぁ、やさいね』
「優しい?僕がですか?」
『うん。だて、てぇしてくれた』
手当てを受けた手を、骸に向けニコリと笑う名前に、脱力したため息が骸から漏れる。
「本当に天然素直なんですね。この僕をどうしたいですか…君は。そんな仕草で、あまり僕を振り回さないで欲しい」
名前に微笑みながら、骸の手は名前の頬にそっと触れる。
「真剣に…」
雲雀くんから…君を奪いたくなってしまう。
『ふ?むっく?しんけん??なに?なに?』
「……」
静かなリビングで、二人。
もしかしたらこの屋敷には今、二人しかいないのかもしれないと感じさせる程、人の気配がない。
骸の手は、名前の頬から離れ、名前の背にすっと回されると、名前の体を抱き締めた。
『む、むっく?』
「名前は、柔らかいですね。柔らかくて…日向の様な暖かい温もりを感じますね」
心が少し満たされる様な気にさせられる。
名前は頬を骸の胸にくっ付けながら、不思議そうな顔のまま。
『ね〜ね〜むっく?』
「ん…なんです? 」
『むっくあそぼう』
所詮、名前にムードを期待する事自体無理というもの。
抱きしめられるよりも、遊びたい気持の方が大きいらしい。
『んとねー』
抱き締められたままの状態で、ジタバタともがく。
『んままごとしようよ〜』
「は?」
思わず抱き締める力が緩み、骸の腕から抜け出した名前は、嬉しそうに自分が背負っていたリュックから、今一番のお気に入りであるままごとセットを取り出し見せる。
『んままごとぉ!こおえんで、あそぼとおもったの。ね〜ね〜むっくやろぉ』
遊んで欲しくてたまらない名前のその顔に、断りたいが微妙にその行為が出来ない骸。どうしたものかと、困っていると、名前は骸の服をツンツンと引っ引っ張ってくる。
『こおえんでやろ〜よぉ』
どうやら、当初の目的地へ行って骸とままごとをしようと誘う。
骸の方は、流石に外でままごと遊びを子供相手とは言えしたいとは思わない。
「するならここでしませんか?」
『え〜ここ?でもぉ、こおえんいきたいよ?』
何故公園が却下なのだろうかと疑問の名前。
名前としては、草壁とのお約束通りに公園に行きたいし、骸とも遊びたい。
う〜っと悩む名前。
「ここで遊んだ後、公園に行けばいいでしょう」
『ん?』
「そうすれば、公園には行った事になりますから」
『そかぁ!むっくすごぉ』
無理矢理な理論だが間違えではないように思われ、そこで名前が納得出来ればそれでこの問題は解決。
どこにいたのか、草壁には実際の所言わなければ分からない。
納得さえし、早速、名前はいそいそとままごと道具を広げ出す。
骸の方はと言えば、ままごとを知らない訳ではないが、した事がある訳もない。
とりあえず名前の動きの様子を窺うしかない。
『んとね、これからおやつのけーき、つくんのね。あんね、わたしは、おかあさんなの、んでねぇ、むっくはぁ』
「僕は、何の役ですか?」
既にままごとをする覚悟は出来た骸。名前に合わせようと、自分の役所は何になるのだろうかと聞き返す。
名前がお母さんだと言う場合、ままごとの役回りで言えばやはり、お父さんで夫婦設定になるのだろうか?
『むっくはねぇ…お…』
「間男じゃない?」
『おおお?まお??ん???』
名前と骸しか居ない筈の空間に、第三者の声。
聞き慣れた低めのアルトの声色。その方角に顔を向ける。
『あ〜。きょうやくん』
「ねぇ。そこで何してるの?」
『ほえ?』
「ヒバリ、ヒバリ」
『あ、ヒバードぉもいしょだぁ』
ムッとした顔で二人の前に立つ雲雀の頭に、ヒバードがちょこんと乗っている。
骸は、困ったような顔を雲雀に向けながらも、何故か口元は笑っている。
そして、側にいる名前の体に手を添え、わざと自分の方に近付ける。
「おやおや、可愛い奥様の夫の登場と言う所ですか?」
『ふえ?』
リビングに微妙な空気が充満し、その空気になんだかよく分からない名前は、頭の中でいっぱいクエスチョンマーク?????を飛ばしていた。
2010/5/14
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