指と指とを絡ませる 『きょうもぉ、あめねぇー』 シトシトと降る雨と、窓に吊るしている“てるてる坊主”を見上げ、つまらなそうな顔をする名前。 「アメ、アメ」 名前の頭の上にいるヒバードも、元気の出ない名前の声に同調するように、力無い声で答える。 梅雨の長雨が続いていて、ここ数日お日様の顔を見る事が出来ないでいる。 雨が嫌いと言う訳ではないけれど、やはり天気が悪いとどうしても気持が重くなってしまうし、外で遊ぶことが出来ずにつまらない。 雨雲を見上げ、名前は急に頭をブンブンと振り立ち上がる。 『おでかけするぅー』 誰にと言うわけでもないが大きな声で宣言し、勢い良く部屋を出て長い廊下をバタバタと走り出す。 『てつさぁぁぁん。おそといくぅぅぅ』 「名前さん?まだ雨が降っていますよ?」 『いーのぉ!おそとね、いくよぉぉ。いいでしょぉ??』 「んー」 ここ数日外に出ていなかった名前が、そろそろ我慢出来なくなってくる頃だと思っていた草壁。 その時が来たかと思い、少し困った表情を名前に向ける。 「雨が降っていると、公園で遊ぶ事もできませんから。今日は我慢してみてはどうです?」 『えーっっ』 草壁の提案に聞く耳など、名前が持つ筈が無いのは重々承知。 無駄な足掻きで言ってみたが、やはり名前は頬を大きく膨らませ、頭を横に思い切り振る。 『いやぁよぉ、あんね、こーえんちがうのぉ。とね、おさんぽすんのぉ!』 とにかく外に出たいと言う気持ちでいっぱい。 『てつさん。おさんぽ、いってくんねー』 「あ、ちょっ、名前さん???」 元気に手を振って、草壁の横をすり抜けて行く名前に、慌てる草壁。 「待ってください。そのままで出掛けたら濡れて風邪をひきますから!名前さん!待って!!!!」 草壁から逃げるようにバタバタと走る名前に追い付き、小さな体を捕まえ、名前の動きを止める。 『ふ?ふぬ〜っっ???』 草壁の腕に捕まってジタバタと暴れる名前に、草壁は困った顔をしながら笑う。 「出掛けるのは止めません。でも、ちゃんとした格好で出掛けないと、風邪を引きますから。恭さんもきっと、名前さんが風邪を引いたら心配しますよ」 雲雀の名前に、名前のピタリと動きが止まり、草壁の顔を見上げる。 『きょうやくん??』 「ええ、そうです。雨の日の外出は、ちゃんと傘を持って、あとこれを着て」 子供用の小さい傘と、可愛いレインコート。 両方とも黄色い色。 名前は、レインコートを羽織、黄色い傘を手にすると、自分の姿に瞳を輝かせる。 『ほわぁぁぁ。すごぉぉぉぉ』 レインコートのサイズも名前にぴったり。 その姿に、草壁も満足気に頷く。 名前が雨の日に出掛ける事があるだろうと準備していた雨の日グッズ。 「それと、これを履いてください」 手にしているのは黄色い長靴。 長靴の横に小さくワンポイントでサクランボのイラストが可愛く描かれている。 黄色い傘、黄色いレインコー、黄色い長靴。 名前の全身が見事に黄色で統一されている。 この色なら雨の日も目立つ事間違いない。 ただ、全身黄色になってしうのもどうだろうかとも思ったのだが、実際名前の身につけてみれば、ななかな可愛くコーディネートされている。 『ふわぁぁぁ。これね、きいろでぇ、ヒバードみないねー。ヒバードといっしょぉぉ』 「イッショ、イッシヨ、名前をカタカナで、イッショ」 言われてみれば、ヒバードと同じ黄色。 喜ぶ名前の頭の上のヒバードも、嬉しそうに名前と共に声を上げる。 『わたしもぉぉぉ。ヒバードよぉぉ!』 自分の姿がいたく気に入った名前は、ぴょんぴょんとジャンプをする。 その度に頭の上のヒバードが危うく落ちそうになるのだが、ヒバードは定位置を死守しようと踏ん張っていた。 「名前さん。雨で道が悪いですから、気をつけて。道の真ん中はなるべく歩かないようにしてくださいね」 『はーぁぁぁぁい!』 草壁の注意が何処まで上手く届いているかは不明でが、名前の返事の声だけは元気いっぱい。 「そうだ。名前さん」 『ほえ?』 「散歩のコースですが…オススメがありますよ」 『おすすめぇ?』 草壁はお勧め散歩コースを名前に伝えると、全身黄色な名前の後ろ姿を見送りる。 先程より少し明るくなった空。 そろそろ雨も止むだろうかと空を見上げる。 名前は上機嫌で傘を差し、小雨の中を元気に歩く。 長靴だから水溜りを気にする事も無い。 わざと水溜りの上を歩くように水しぶきを上げ、その度に嬉しそうにキャーキャーとはしゃいで足踏みを繰り返す。 『おそと、たのしねーぇ。おもしろぉぉぉ。ヒバードもぉたのしぃ?』 頭の上のヒバードに話しかけるが、名前が傘を上手く差せず振り回すので、頭の上で濡れないように丸くなっているのが必死なのか、ヒバードの答えは返って来ない。 『あっめ、あっめ、たのしーねぇぇぇ♪』 雨の日で殆ど人通りの無い道に、名前のオリジナルソングが響く。 「何処行くの?」 『ほえ?』 差している傘の上から聞こえた声。 傘で声の主の姿が見えないが、声を聞けば誰だか名前には直ぐに分かる。 傘を上げて見上げれば、いつもの少し不機嫌そうな表情の雲雀。 名前は大好きな雲雀の登場に嬉しそうに笑顔を向ける。 『きょうやくんだぁぁぁぁ。あんね、おさんぽぉぉぉ。みてみてぇ、すごーでしょ?ヒバードとぉおそろいなのよぉぉ』 「お揃い?」 嬉しそうに右手に傘を持ちながら両手を広げ、クルリと回って自分の姿を雲雀に見せる名前なのだが、雲雀はヒバードと同じという言葉に、小首を傾げる。 『うん。おんなしー!おんなし、きいろでしょぉぉ』 「ああ、そういう共通点。黄色いからヒバードみたいってこと?」 『おそろいなのぉぉ。ねーぇ、ヒバードぉぉ』 「オソロイ、オソロイ」 楽しそうな名前とヒバードのやり取りに、雲雀は不快気に鼻の上に少しシワを寄せる。 「ふーん。そう。良かったね」 『うん』 元気に頷く名前。 「ねぇ、名前」 『なにぃ?』 「雨、もう止んでるよ」 『ほぇ?』 雲雀に言われ、顔を空へ向ければ、重い色をした雲が広がっているものの、雨はもう顔に当たる事はない。 『ほんとだぁ』 雲雀は名前と同じ目線までしゃがむと、名前が広げたままの傘を持つ右手にゆっくり手を伸ばし、黄色い傘を名前の手から畳んで雲雀の手に。 「もう黄色い傘は、いらないでしょ?」 『う…うん』 新しい傘をもう少し差していたかったけれど、雨も降っていないし、雲雀の意見ももっとも。 名前の小さな傘を自分の腕に掛けると、雲雀は次に名前の身に着けているレインコートのボタンに手を伸ばし、ボタンを一つ一つと外して行く。 その動きを名前は不思議そうな眺め、小首を傾げながら雲雀に顔を向ければ、雲雀は名前に優しくニッコリと微笑む。 「レインコートは、雨が降っている時に着るものだよね?」 名前にしか見せない甘い表情を雲雀が向ければ、名前は少し考えた顔をした後、また“うん”と頷く。 「じゃぁ、いらないよね」 ボタンを全て外し終わると、レインコートを脱がせてやる。 全身黄色いかった名前だったが、その姿はもうない。 雲雀の目線が、唯一残った黄色い長靴に。 「……それは残しておいてあげるよ」 『ん?』 雲雀の言葉に首を傾げる名前。 雲雀は、名前の頭の上にいるヒバードの頭を指で軽く突っついて、意地悪く笑っていた。 「で、名前は、何処に行くの?」 先程も言った質問をまた投げかけられる。 『おさんぽぉぉぉ』 「オサンポ、オサンポ」 名前とお揃いだったヒバードが、先程の雲雀の行為に抗議する様に、名前の言葉を共に繰り返す。 「ふーん」 『だてねぇ、ずーとぉ、おへやだたからぁ。おさんぽしたいのぉ』 つまらない部屋からやっと抜け出せた事を伝える名前。 「じゃぁ、ここを僕と反対の方へ歩いて行くつもり?」 『ん?はんたい?』 言われてみれば、このまま散歩を続けるならば、雲雀と反対の方角へ真っ直ぐ進んで行く事になる。 『う゛う゛…』 小さく唸りながら悩んでいると、雲雀は手を伸ばして名前の小さな手を取り、お互いの指と指とを絡ませる。 「ねぇ、どうするの?」 雲雀は、指を絡めながら妖艶に微笑み、名前の耳元で囁く。 「僕を置いて行くつもり?」 『ふぇ!?』 雲雀の言葉に、名前は驚いた顔をしながら思い切り首を振る。 『ないよぉぉ。きょうやくんといっしょよぉぉ』 「本当に?」 意地悪く聞き返す雲雀の言葉に、名前は頭を縦に何度も振り、振り過ぎてクラリと足元がよろけてしまい、絡めていないもう片方の雲雀の手が名前の体をそっと支える。 『うん。いっしょぉぉ』 名前は、手を伸ばして雲雀の頭をいい子いい子と撫でる。 頭を撫でられるという意外な展開に、雲雀は一瞬目を見開いたが直ぐに、クスリと笑いながら、名前の手を自分に引き寄せ、柔らかくて可愛いその手の甲に唇を寄せると、軽いリップ音をチュッと送り、名前を見詰める。 「ねぇ、一緒に帰ろうか」 『うん』 散歩に出掛けたばかりだった名前だが、散歩はもう頭から抜けてしまっているのか、嬉しそうに雲雀と手を繋いだまま元来た道を歩き始める。 『きょうやくん。おうちかえたらぁ、あそぼぉ?』 「いいよ。名前を可愛がってあげる」 絡めたまま繋いだ雲雀の指が、名前の手をゆっくりくすぐる様になぞる。 くすぐったくてながらはしゃぐ名前に、雲雀も満足気に目を細めて名前を見詰めれば、ヒバードの小さな瞳と視線が合う。 クスリ。 悪いね、名前君にはあげないよ。 声に出さず、口だけをそう動かして視線をヒバードに返せば、ヒバードはその言葉を理解したのかは分からないが、小さく首を数度動かし名前の頭の上で体を丸くする。 『ヒバードぉぉ、またこんど、おさんぽしよねぇ』 自分の頭上で何が起こっているか分からない名前は、呑気にヒバードに声を掛けるが、ヒバードは丸くなったまま。 『きょうやくんもぉ、いっしょしてねぇ』 「いいよ」 えへへ。 思い切って外に出て良かった。 新しい傘やレインコート、長靴で楽しめたし、雨もやんで、大好きな雲雀にも偶然会えた。 楽しい。楽しい。梅雨の日。 さて、雲雀に会えたのは偶然だったのか? 名前が出掛ける前に、名前に教えた道筋は…。 「いつも恭さんと歩く道の反対から歩いたら何か良いことがあるかもしれませんよ?」 そして、屋敷に戻った雲雀は、直ぐに黄色い傘と黄色いレインコートを草壁に不機嫌そうな顔で渡すと、新しい色で買い揃えるよう指示を出したのは言うまでもない。 「僕以外で、お揃いなんてありえないから」 2012/06/03 [*前へ][次へ#] [戻る] |