夏の音。
ふ〜っ。ふ〜っ。
小さな唇を尖らせて、息を吹きかければ、「チリーンチリーン」涼やかな心地よい音が部屋に響く。
丸い円形のガラスで出来た風鈴を手にして、風鈴に向かい、頬に息を思い切り溜め込んで、何度も息を吹きかける名前。
チリーンチリーン。
『えへへ』
心地よい音に、名前は嬉しそうにニマニマ顔をする。
『ヒバードぉ。きこえてるぅ?すごーでしょ?ふーってやるとね、ちりーてぇなんのぉぉ』
自分の頭の上で寛いでいるヒバードに、風鈴を掲げ自慢げに見せるが、ヒバードは特に興味を示す事も無く動かない。
『これねぇ。おもしろいねぇ』
綺麗な音を響かせる風鈴に飽きもせず、何度も息を吹きかけ遊ぶ。
『きょうやくんにみしてあげたいなぁ。いっしょにぃ、ふーふーってぇしたい』
そう思ってみても、雲雀が部屋に戻って来るのはいつの事やら?でも、雲雀と一緒に風鈴で遊ぶのを想像するだけで楽しいのか、名前の顔は嬉しそうに綻んでいる。
「名前さん。麦茶でも飲みませんか?」
草壁が、冷えた麦茶を運んで部屋へと姿を現す。
『あーむぅちゃのむよぉ』
手にしてた風鈴を畳に置いて、名前は草壁の方へと弾むようにスキップをしながら近付き、麦茶の入ったコップを受け取ると、喉を鳴らしながら美味しそうに飲み始める。
「暑い時は家に居ても、ちゃんと水分を取らないといけませんよ」
ゴクゴクと麦茶を飲みながら、コクコクと小さく頷き返す。
『ぷはぁ。うん。むーちゃおいしいねぇ』
分かっているのかいないのか不明な頷きであるものの、草壁は元気な名前の姿に頷きながら、ふと畳の上に置かれている風鈴に視線を投げる。
「おや?風鈴ですね」
『ほえ?ふーりん???』
小首を傾げる名前。
「ええ、ガラスの風鈴ですね。風流だな」
『とお…がらすぅのふーりんふーりゅ????』
草壁の言葉を繰り返す声に、クスリと笑いながら名前の頭を優しくなでて、草壁は風鈴を手に取る。
「これは、風鈴と言って、軒先に吊るして風を受けると涼しげな音が出るので、夏になるとよく飾られたんです。最近はあまり見ないですけどね」
『ふお〜ぉ。そなのぉぉ?』
草壁の豆知識に、大きな目を更に大きくさせながら名前は頷く。
「でも、これはどうしたんですか?」
『とね、もらったのぉぉぉ。はるちゃんがね、もいっこあるからってぇ。おそろいなんだよぉ』
へへへ〜いいでしょ?と、草壁の周りをぴょんぴょんと弾んで飛び回る名前。
草壁は、風鈴を手にしたまま窓際へと歩いて行く。
『ほえ??てつさんどしたのぉ?』
草壁の後を不思議そうに付いて行く名前に、草壁は風鈴を軒先に括り付ける。
「こうやってここに吊るして、風が吹く度に風鈴の音色を楽しむんですよ」
『おーぉぉぉ』
風鈴を見つめていると、風が吹き風鈴が涼しげな音を響かせる。
チリーン。チリーン。
『ふわわわぁ。なったよぉぉ。ちりーんてぇ。てつさん!すごーねぇ』
些細な事なのに、瞳を輝かせてながら驚いた顔をする名前に、草壁は思わす笑いが込み上げて来て、堪えようとするものの笑いを我慢できずに笑ってしまう。
「くくく。本当に名前さんは素直ですね」
『う?』
何故笑われたのだろうと、眉間にシワを寄せて草壁を見つめれば、「すみません。可愛くてつい…」謝りながら手を振る草壁に、更に唸る名前。
「さて、私は仕事に戻ります」
『ふえ?うん。てつさん。おしごとがんばってぇ』
ブンブンと大きく手を振って草壁を見送ると、名前は風鈴を上を見上げる。
『えへへ。ふーりんさん!ちりーんてなってぇぇ』
風鈴に向かって、手が届く訳も無いのに思い切り伸ばす。
『……』
膝を抱え、風鈴をジッと見詰める名前。
あれからなかなか風が吹かず、風鈴の音を聞く事が出来ない。
『んん。なんないよぉ』
我慢出来ずに、風鈴に向かってジャンプしながら息を吹きかけるものの、小さな名前のジャンプでは風鈴に近付くことも無く、息も届かない。
『ううううううううーっ』
思うように行かず、不機嫌な声を漏らすしかない。
『ふーりんさぁぁん。なってよぉぉ』
これでは、さっきまで自分が手にしていた方が、風鈴の音が好きな時に聞けて楽しかったのにと思ってしまう。
が、折角草壁が名前の為にと吊るしてくれたのに、文句を言う事も出来ないし、名前には吊るされてしまった風鈴を取る事も出来ない。
どうする事も出来ずに、不機嫌に畳にゴロリと転がって、唸り声を漏らしながら畳の上をゴロゴロこと転がり、部屋の中を行ったり来たり。
たまに風鈴の下まで転がって行くと、そこで止まって、恨めしそうに風鈴を見上げる。
『ふぇぇぇぇ』
その転がる動きを、ヒバードは面白そうにチョコチョコと名前の後を追って行く。
『ヒバードぉぉ。ふーってしてきてぇぇ』
ヒバードにお願いしてみるものの、その意見は通らず、転がったままの名前のお腹に飛び乗って、ヒバードは小首を傾げる。
再びゴロゴロと転がって、襖の側まで転がって行くと、スラリとした足に目が止まり見上げれば、雲雀が不思議そうな顔で名前を見下ろしていた。
「ワオ。部屋に巨大な芋虫がいるんだけど」
『あーっ!きょうやくんだぁぁ』
「ねぇ。なんで転がってる訳?」
『う…』
転がったまま不機嫌そうな顔を向ける名前。
雲雀は名前横にしゃがみ込み、名前の頭をツンと小突くと、転がったままの体勢だった名前は起き上がり、りしゃがんでいる雲雀と同じ目の高さになる。
『あんねぇ。ちりーんてぇ、なんないんだよぉ』
「ん?」
『でね、ふーっってしてもぉ、だめなのぉ』
「何が駄目なの?」
意味不明の言葉に首を傾げる雲雀の服の袖を、名前は引っ張っぱって、風鈴の下がった軒先へと連れて行く。
『これぇ。チリーンってぇ。なんのぉぉ』
「風鈴?」
『でもね、ぜんぜんなんないのぉ。だからぁ、ふーってしたいのにぃ、ふってしてもだめなのぉぉ』
風鈴の下で飛び跳ねふーふーと息を吹く。
「ぷっ」
その名前の仕草に思わす笑う雲雀。
『ふえぇぇぇ?おもしろくないよぉぉぉ』
雲雀に笑われ、名前は頬を膨らませながら、雲雀の足に絡みつく。
ふーっ。
チリーン。
風鈴に向かって雲雀が息を吹きかければ、部屋に風鈴の音が響く。
『ふわぁぁ。なったぁぁ』
「いい音の風鈴だね」
風鈴の音に耳を傾ける雲雀に、名前も嬉しそうにその音を耳にする。
チリーン。チリーン。
『きょうやくん』
「ん?」
『わたしもぉぉ、ふーってするよぉぉ。だっこしてぇぇ』
自分もしたいと雲雀に手を伸ばし、抱っこしてほしいと甘える。
雲雀はそんな名前を優しく抱き抱え、風鈴の側へと近づける。
名前は可愛く唇を尖らせると、風鈴にふーっと息を吹きかける。
チリーン。
音が響けば、嬉しそうに笑う名前。
ふーっ。ふーっ。
チリーン。チリーン。
『ふわぁぁぁ。なたぁぁ。たのしいねぇ』
風鈴に夢中の名前を見つめる雲雀。
ちゅっ。
息を吹きかける名前の頬に、軽くキスをする。
『ほえ?』
「名前が吹くと、風鈴がもっといい音に聞こえるよ」
『ほんとぉ?』
名前は瞳を輝かせながら問えば、雲雀は小さく頷き返し、名前の頬に自分の頬を沿え、頬擦りをして名前に甘えるような仕草をする。
『じゃぁ、もっとふーってすんね』
「ねぇ。風鈴、外そうか?」
『う?うーんとぉ。もういいのぉ』
「そう?」
上に吊るしたままでは、名前一人の時に風鈴を鳴らせないかと思い提案したのだが、名前は首を振る。
『だったねぇ。ふーりんをぉ、ふーってしたくなったらぁ、きょうやくんにだっこしてもらえんもん』
「……」
『きょうやくんのぉだっこうれしもん』
名前は雲雀の肩に、ちょこんと頭を乗せる。
甘える仕草が可愛くて、寄り添って繰る名前の頬を優しく撫でてやれば、気持良さそうに目を細め、雲雀にもっと甘えて来る。
名前の小さな柔らかい体を愛おしそうにギュッと抱きしめれば、部屋に風が流れ、風鈴が自然に涼やかな音を響かせる。
チリーン。
「風が出て来たね」
『ふーりんさん。なってんねぇ』
「まだ、ふーってするかい?」
『んとぉー。いい。ふーりんさん、なってんもん』
「そうだね」
名前の体を抱いたまま、雲雀は風鈴の下に腰を下ろし、名前を膝の上に乗せると、二人は風鈴の心地よい音に耳を傾ける。
チリーン。チリーン。
夏の空気を、風鈴の音が静かに響く。
2011/8/14
2011/9/7転記
* ATOGAKI *****
夏と言えば…ほのぼのと…風鈴かなと。
雲雀さんが、風鈴にふーって息を吹きかけるのを想像すると…なんか萌えます。
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