抱き寄せる
漆黒の闇の中で逃げ惑う獲物。
鋭い視線でそれを捉え咬み殺す瞬間。
ゾクリとする程の快感が、体を駆け巡る。
獲物が強ければ強いほど価値がある。
ドサリ。
倒れた獲物の躯へと近づき見下ろす冷たい視線。
その表情は、血に飢えた獣の様でもあり、妖艶な美しさおも感じさせ、何者も近付く事が躊躇われる。
その獣がニヤリと口角をゆっくりと上げる。
「少しは楽しめたよ。でも…僕の好敵手には程遠い。物足りない」
転がる躯に届くか分からない言葉を投げ、物言わぬ獲物に興味を無くしたのか、暗闇の中に溶け込む様に立ち去った。
ああ…ゾクリとする快感がもっと欲しい。
※※※※※※
『とねぇ。これがぁここなのぉ?』
畳の上に散らばるパズルのピース達と格闘する名前。
子供用のパズルは、簡単に出来上がるように、一つ一つの大きさが大きく作られているものの、名前にとっては頭を捻ってしまう。
組み合わされた幾つかのピースに、手にしたピースを宛てみる。
『んん…』
出来上がるはずのウサギの絵柄がなかなか完成出来ない。
『きょうやくんいたらぁ、おしえてくれんのになぁぁ』
夕飯の後、雲雀は用事があると出掛けたまま戻らない。
そろそろ名前は寝る時間になるのだが…。
『きょうやくんまだかなぁ…』
用事があるのだから仕方がないけれど、一緒にいれたらいいと思う名前は、少し眠い目を擦りながらぽつりと呟く。
「名前…」
囁く声と共に名前の小さな体を包むようにぎゅっと抱き寄せる。
『ほえぇ?』
思いも寄らない出来事に、驚きの声を上げるものの、その腕が、声が、匂いが、大好きな雲雀である事が直ぐに分かり、名前は嬉しそうに自分の体を抱きしめる腕に、ちょこんと小さな手で触れ、雲雀を見上げる。
『きょうやくん!おかえりなさぁぁい』
雲雀を見上げ、笑う名前のおでこに雲雀は小さくキスをすると、名前髪に顔を埋め、甘く柔らかい存在を堪能する。
『ほぇ…?きょうやくん?』
抱きしめたまま無言の雲雀。
外から戻ったばかりなのか抱きしめる腕が少し冷えていたが、名前の体温で次第に温もりを取り戻して行く。
それと同時に雲雀の体から、早い鼓動の音がトクトクと伝わる。
なんだか何時もと違う雲雀に、問い掛けたいが抱き締められ身動きもとれず、ただ雲雀を感じる。
静かな時の中で、次第にトクトクと鼓動の速さがゆっくりと落ち着いて来ると、雲雀の抱きしめる力も緩やかになって、動き出す名前。
「逃がさないよ」
雲雀から離れようとした訳ではないのだが、腕の中にまだ閉じ込めておきたくて、名前の耳元で甘く囁きながら、クスクスと笑う。
『にげないよぉぉ?きょうやくんに、ぎゅっとされんのすきだもん』
「そう?」
『うん。だからね、ぎゅ〜てね、はなしちゃだめなんだよぉぉ』
「そうだね」
君を抱き締めるこの腕を、離すはずもない。
君を求め続ける。
それは咬み殺す獲物を追う快感が僕を酔わすのに似ている?
いや、それよりも…ざわつく心を甘く溶かす甘美な媚薬。
君でしか感じられない快感。
その深みにはまった僕は、無垢な君の存在に絡め取られる。
「それも…悪くない」
2010/12/08
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